イカシイコカナ

第二話「楽しんだ者が勝ち」










春の穏やかな朝。
君高はいつものように下駄箱を開けて上履きを取り出す。


高校に入学して一週間。
普通なら高校生活を存分に楽しんでいる時期だが、君高の口から出てくるのは溜め息ばかりだった。

「朝から暗いねぇ、君高くん。」
いつの間にか隣にいた少年が、人の悪そうな笑みを浮かべている。
君高はさらに気分を落とす。
「おっ、どうしたの君高くん?返事がないよ。」
にやにやと笑った親友が考えていることは手にとるようにわかった。



全ての根源は安川美那人にあるのだ。あいつが全て悪いと君高は思う。
俺はかなりの被害者だ、とも思う。
見ず知らずの女に抱きつかれたあげく、おまけにキスをした仲まで言った。しかも入学式当日の教室で。
そのことはちょっとした噂となり、廊下では人から好奇な目で見られるようになってしまったのだ。


(ホント、なんなんだ・・・あの女・・・)


思い出すだけで溜め息をついた君高に、少年は口を開いた。
「彼女は可愛い子じゃないか。お前にぴったりだと思うが?」
「はぁ?!お前までそんな事言い出すのかよ!!お前は味方だと思ってたのに・・。」
君高はそう言ってからこの親友が自分の味方になってくれたことはほとんどないことを思い出した。
親友はそれを愉快そうに見ていた。

「まったくお前贅沢者だ。あんな可愛い子あんまりいないぞ。
その子に好かれているのだから・・・それにキスした仲なんだろ?どうせなら付き合ってしまえ。」
「お前簡単に言うけどな〜・・・あいつすっげー性格悪いんだぞ?!
大体あんな女と付き合うなんて俺は絶対イヤだ!!」
「ひっど〜い。あんな女なんて〜。」
「?!」
君高が驚いて横を向くと、廊下に美那人が立っていた。

親友は驚きもせずに視線を美那人に移した。美那人はそれに気がついて微笑む。
「初めまして、私安川美那人。えっと、貴方は確か・・・」
「成宮達也。こいつの親友だ。趣味は君高の不幸そうな顔を見ること。」
好意的な笑みを浮かべる達也に、美那人は自己紹介を聞いて顔を輝かせた。

「わぁっ、さすが成宮君v貴方とは気が合いそうな気がする!よろしくね。」
「よろしく。」
君高は自分に味方がいないという現実を思いっきり突きつけられ、さらに気分が落ち込んだ。


とりあえず上履きを履き替え、美那人を見る。
「・・・で、何の用なんだ?安川。」
「も〜、また安川って呼んでるし!美那人って呼んでって言ったじゃん!」
美那人は頬を膨らませて怒った顔をするが、無論怖さなど微塵もない。
君高は彼女の発言を無視して続ける。
「いいから用件を言え。」
しかし美那人はそっぽを向いて無言になる。

「ほら、言ってやんなよ。安川さんがかわいそうだ。」
真顔で言う達也だが、君高には彼が楽しんでいることはよくわかった。
そしてこの状況をどうにも出来ない自分に苛立つ。
「達也お前な〜〜・・・・・ったく。」



「美那人、いいから用件を言え。」
「・・・え?」
君高の言葉に呼べと言った本人は意外そうに振り向く。
なんだかんだ言って結局甘い奴だと達也は心の中で苦笑した。


「で。何んだよ?」
諦めた君高は開き直った顔をしていた。美那人は顔を明るくさせる。
「昔話、しない?」
「しない。」
即答した君高に美那人は顔をムッとさせたが、気を取り直して言う。
「私の話聞きたくない?ちゅーのことも教えてあげるよ。」
「結構。」
短く断る君高に、美那人は口を開いた。

「私いっぱい知ってるんだからね〜。昔君高くんが貝だと思って庭にいたカタツムリ食べて救急車で運ばれたこととか、
卵アレルギーだけどケーキを食べたくて、湿疹出して泣きながら食べたこととか、それからね―――」
「ストップ!!ストップ!ストーップ!!!」
次々と出てくる過去の恥ずかしい話に君高は思わず口を挟む。
後ろで親友が爆笑しているのが気に食わないが、関わらないことにした。

「ね、久しぶりにお話しようよ。」
まるで脅し文句のように綺麗な笑顔で美那人は言う。
そんな彼女に君高は冷たく言った。
「話すことなんかないだろ。俺はお前の事なんか知らないんだから。」
その言葉を聞いた美那人は一瞬凍りついた顔をし、それから俯いた。

何も言わずに俯く美那人に、君高は言い過ぎたかなと思っていると鼻をすする音がした。
君高に嫌な予感が走る。嗚咽のようなものまで聞こえてきた。
「ひっ、ひどい・・。せっかく会えたのに・・・。」
「な、なに泣いてんだよお前?!!」
急に泣き出す美那人に、さすがの君高も焦った。

「な、泣くなよ!!?大体こんくらいで何故泣く?!」
「ひっく・・・だって・・・君高くん・・・喋ってくれないし・・・そっぽ向いちゃうし・・。」
予鈴が近いこの時間帯、下駄箱には登校してくる生徒が多い。
皆、君高を責めるような目で通り過ぎていく。

「あ〜〜・・悪かったって。泣きなんでくれ!!」
君高は困り果てて言うと、美那人がちらりと君高を見た。
「・・・君高くん・・・私のこと嫌いなの?」
「えっ・・・。」
涙で潤んだ瞳に見つめられ、君高は不覚にもドキッとしてしまったがすぐ正気に戻る。
しかしどう返して良いかわからない君高は戸惑うばかりだった。

「・・・やっぱり嫌いなんだ・・。」
返事がないことに、美那人はまた涙声になるので君高は焦る。
「い、いやっ・・・違うけど・・・」
「じゃあ好き?私と話してくれる?」
「いやお前の事あんま知らないし・・・でもまぁ喋ってやるよ。」

君高が仕方なさそうに言った瞬間、美那人の顔がパァッと明るくなった。


「やった〜〜〜〜!!約束だよ君高くん♪」
「・・・・へ?」
先ほどの涙で上目遣いの彼女はどこへ行ったのか・・・
いつものように明るくなった美那人に、君高は思わずマヌケな声を出した。

「・・・君高、お前は騙されやすいな・・。」
達也は背後から冷ややかなコメントを出した。
見事に騙された君高は親友の裏切りの行為に気がついた。

「達也お前気づいてたのか?!!」
「当たり前だ。お前と頭のつくりが違う。」
「なっ・・・。」
あっさりと返され、逆に君高が怯んだ。

「君高くんっ♪さ、お話しよ〜vv」
上機嫌の美那人は君高の腕に絡みつく。
「おいちょっと待て!!涙はどこへ行った?!」
「さぁ?」
美那人はいっそ清々しいくらいにすっとぼける。

「ほら、男に二言はないでしょ〜!」
腕をひっぱる美那人に、君高は足を踏ん張って留まった。
「そんなの誰かが言った事だ!!俺は話さない!!」

「約束破り〜。」
「約束破り〜。」
口を尖らせて言う厄介な女と親友に、君高が肩をがっくり落とした。

「も〜分かったよ!!」


君高の不幸な一日は始まったばかりである。











(2005/12/16 改正)





























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