バス停





雨が降ってきた。

私は空を睨みつけた。
夜から雨が降ると言っていたので傘は持ってきていなかった。
今は小雨だがこれから強くなるかもしれない。

バスの停留所には屋根がなく、防ぐ術などない。
バスは早く来ないのだろうか。あと五分。
この一個前のバスに乗り遅れたのが運のツキだったのか。


「にーむらv」
嫌な予感がする。
ご機嫌なその声の主は、彼しかいないわけで。
おそるおそる、後ろを向くと案の定彼はいた。

「こんにちは、関川先輩。」
「相変わらず冷たい態度だなー。」
苦笑いをしながら彼は言う。
かっこよくて軟派で有名な関川先輩は不幸にも私の部活の先輩だ。
先輩は傘を差していた。大きさからして折りたたみなんだろう。
藍色の傘は茶髪の先輩によく合うなと頭の片隅で思った。

「新村をここで見たのは初めてだなぁ。もしかして乗るバス一緒だったりして。」
「・・・・私はN大前行きですけど・・・」
同じバスに乗るなんて恥ずかしくて出来るはずがない。
ここで一緒にいることさえ嫌だ。変な噂でもたてられたらどうしよう。

「残念、俺はO駅前なんだ。」
「それはよかったです。」
「意地悪だなぁ。」
また、困ったような苦笑いをする。
バス停には私と先輩だけ。
もともとあまり人の乗らない停留所で、自分しかいないバス停を気に入っていたのに。

「雨降ってるよ。傘は?」
「持って来ませんでした。」
先輩ではなく道路を見ながら言う。
雨の当たっているのを感じながら、早くバスは来ないかと気持ちが湧き上がる。

ふと、雨の当たる感覚がなくなった。
おかしいなと思って横を向くとすぐに先輩の着ている黒の学ランが目に入った。
つまり、これは・・・
「まだあまり降っていないので大丈夫です。」
私は大きく一歩横にずれた。

「そんなに俺と相合傘するのが嫌?」
「えぇ。」
即答するとまた先輩は苦笑いをした。
「じゃあ・・・・」
先輩は一歩進んで私に近づき、無理矢理傘を握らせた。
そして先輩は一歩私から遠のく。

「これで、良し。」
苦笑いではなく、満面の笑みでそう言う。
「先輩が濡れるじゃないですか。」
「『まだあまり降っていないので大丈夫です。』」
・・・・・・それ、私の真似をしているつもりですか?

「わかりました。どうぞ。」
溜め息をついて先輩に一歩近づく。
先輩は傘を私の手から取って満足そうに笑った。
悔しい。

「・・・・こんなことするから軟派だと言われるんですよ。」
先輩を見上げるには近すぎる距離だから、私はまた道路を見ながら言う。
「男として普通にやることじゃないか?可哀相じゃん。」
「そこが軟派って言うんです。」
また、溜め息が出る。この人といると少し疲れる。

「新村は一年なのに大人っぽいなー。」
先輩はクスクスと何がおかしいのか笑いながら言う。
「先輩に言われたらあんまり喜べません。」
「そういうところは可愛いけど。」
可愛いとか簡単に言わないでよ。どうせ他の女の子にも言ってるくせに。
優しく笑わないでよ。心臓が飛び出しそうになる。


私は自分の思いを隠すために一生懸命先輩を冷たくあしらう。
なんて自分は浅はかなんだろう。


先輩に聞こえないように小さく短く溜め息をつく。こんな自分に。
もう少し素直な性格な子だったらよかったのに。
なんでこんなに意地っ張りなんだろう。

「新村、」
「なんですか?」
「俺ってそんなに軟派に見えるかな?」
先輩がどんな顔をして言っているのか見たくて、私は先輩を見上げた。
先輩は優しく微笑んでいた。
「・・・・・えぇ。」


本当は知っています。

いつも余裕ぶって練習をしているけど皆が帰った後一人で練習していることを。
女の子と一緒にいるといつも笑っていることを。
軟派に見られるのに試合の時に時折見せる真剣な顔を。


私は、知っています。

「それじゃあ俺硬派な男を目指そうかなー。」
「は?」
突拍子もなく意味のわからない発言をするのはやめてほしいと日々思っているのですが。
「硬派な男ってモテるって言うし?」
胸の奥が針で刺したようにチクリと痛みを感じたのはきっと気のせいだ。

「そういうところが軟派なんですから先輩に硬派は無理ですよ。」
「そうか?俺本命を一途に愛するという健気な面を持っているのに。」
からかうような顔で言っても説得力がないのに、私は心の中で焦りが生まれる。



先輩、誰か好きな人がいるんですか?



「いるよ。」
先輩の言葉を聞いて自分の口が勝手に動いたことに気がついた。
あぁ、そうか、いるのか。
私の中で何かが急速に冷えていく。

「意外ですね。」
私は道路を見て言った。最善をつくして、いつも通りの口調で。
「ひどいな、俺だってそういう気持ちがあるんですよー。」
「じゃあなんでどんな他の女の子と仲良くするんですか?好きな人に誤解されません?」
また、先輩は困ったように笑った。

「女の子に親切にするのは普通って言ってるだろ。本命の子はもっと大切で特別だから。」
目を細め、愛しそうに言う姿を見て私は泣きたくなった。
今日限りで先輩と会うのはやめにしよう。
この人は神出鬼没だけど会ってもあんまり喋らないようにしよう。

本当に、傘を持ってこなかったのが運のツキだ。


「あ、バス。」
見通しのいい道路なので信号で止まっているバスを見つけられた。
『O駅行き』と書いてある。あぁ、よかった。これで先輩と別れられる。

「新村、」
「はい?」
先輩を見上げると、何故か先輩の顔はすぐそこにあった。
顔が近づく。先輩の傘を持つ手が私の右手を包む。
熱が伝わる。
雨の音が耳の中に響いた。

バスが来た。
何が起こったのかいまいちわからなくて、私は呆然と先輩を見ていた。
先輩はにっこりと笑い、また明日と言ってバスの中に消えた。
そしてバスは見えなくなった。

しばらく呆然と口を半開きにしていた。
それから我に返っていつの間にか握らされていた傘を見る。
変な感触がする。覚えがある。そう、紙だ。
自覚なしに私は傘と一緒に紙も握っていた。

紙を開くと電話番号とメールアドレスが書かれていた。
先輩の携帯の番号とメールアドレス・・・・なんだろう。
こんなこと急に出来るはずがない。
あの策士め。あのキザ男め。

「先輩、やっぱり貴方が硬派になることは無理ですよ。」
小さな呟きは誰にも聞こえることはなかった。

唇が、

体が、熱い。



















(貴方に振り回される日々が想像出来てしまうわ。)


























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