「民は王女様のお姿を見ることをとても楽しみにしているのですよ?」
召使いのクリニフはそう言った。私は薄目を開けてそれを聞く。
「だから早く病が治ることを皆が心から祈っておりますわ。」
邪気のない笑顔に私は罪悪感さえ抱かなかった。
何故こんなに心が冷え切っているのだろう。

「・・・・・クリニフ、先生を・・・呼んでくださらない?なんだか・・・胸が・・・苦しいわ。」
さも苦しくて息が出来ないように息を荒げてとぎれとぎれに言うとクリニフの先ほどの笑顔は青ざめ、
「すぐにお呼びします!」と風のように部屋を出て行ってしまった。
こんな子供っぽい演技をしていると本当に胸が苦しい気がしてくる。
目を開けることさえ嫌になる。



瞳を閉じる。
見えるのは暗闇ばかりだ。
あぁ、嫌になる。



「王女様、先生をお連れしました。」
視界の端にクリニフを捕らえる。その横には白衣が見えた。
「ありがとう、下がっていいです。」
「はい。」
扉の閉まる音がすると、私は溜め息をついた。

詰まった息をもう一度吐き出すと彼は呆れた目で私を見た。
「またですか、王女様。」
「・・・・貴方が私を王女と呼ぶなんて気味が悪いわ。」
彼は翠の瞳を細めて、小さく笑った。
彼の笑顔はいつもこんな目を細めて笑い声なく小さく口端を上げるだけだった。
私はその笑顔がとても好きだし、彼に似合っていると思う。

「ビアリア、昨日の新聞に君の特集があったよ。『病弱なお姫様。お目にかかることはないのか』ってね。
結構な批判だった。きっと国王も見ているだろう。」
「あぁ、私も見たわ。」
自然と無関心な声が出た。たぶんクリニフもあの記事を読んだからあんなことを言ったんだろう。
「・・・・・もうすぐ15の生誕祝賀会だろ?」
私は目を伏せて彼の方に背を向けた。




彼は私専属のお医者様。若いくせに結構な経歴があるらしいけどよく知らない。
去年ヨボヨボだったおじいさん先生からこの人になった。
たまたま召使いが部屋を離れて二人きりになった時、彼は私を見てあの笑みを見せた。

「ずいぶんと演技がお上手なんですね、王女様。」

城の住人は実に鈍感な奴が多いため私の仮病は一度たりともばれたことはなかった。
少し驚いたが、やはり外部の人間からすれば私の仮病はとても幼稚で単純に見えたのだろう。
とても悔しく、しかし見破ってくれた彼に少し好感を持った。
頭の固くて馬鹿な城の住人より、彼は数倍頭が柔らかいと思ったからだ。

それから仮病を口実に彼と週三回くらいのペースで喋るようになった。
相手は一応お医者様なのでカウンセリングと思ってと言うと別に気にしていないと答えられた。
その言葉に今現在も甘えているのだが、このごろ彼は執事や召使いのように小言を言うようになった。
彼だけが、私の気持ちを理解してくれていて味方だと思っていたのに。


「ビアリア、」
「聞いてる。」
「何を拗ねているんだ。」
呆れた声。そう、こんな声もこのごろはよく出す。

「・・・・・・ねぇ、」
「なんだい?」
私は彼に背を向けているとわかっているのに、目を伏せて言った。
「私はやはり幼稚なのかしら。」
「・・・・・・・。」
彼の言葉が返ってこないので私は続けた。
「14にもなって仮病使うなんて幼稚な思考よね。貴方はそう思うから、
このごろ釘を刺すように王女の仕事を口に出すんでしょう?」
「・・・・・。」

返事がない。不安になって彼のほうを見ると、彼は笑っていた。
「そこまで理解しているならそこまで幼稚でもないんじゃないか。ただわがままなだけだろ。」
「言うわね。」
苦笑しかできなかった。本当に、その通りだ。

「・・・・・ビアリア、急かすつもりはないけどこのままではいけないとわかっているだろう?」
「・・・・・・・・えぇ。」
小さい声でしか返事が出来ない。
「俺は君になら出来ると思っているよ。もちろん分刻みで仕事をしろとは言わないけど、
君を祝い大事な式典くらい出てもいいんじゃないかと思っているんだよ。」
とても正論で、彼の言うことはいつも正しくて、嫌になってしまう。

「・・・・まだ、時間はあるわ。ちゃんと考える。」
「嘘は駄目だぞ。」
「わかってるわよ。」
私がこの城での14年の中で得たものは、上手い演技と嘘くらいだろう。
彼は仕事で私を話していて、私に優しいのは仕事だからだ、と自分に言い聞かせる。
いつも誤解してしまいそうになるから。

「ねぇ、」
「なんだい?」
ねぇ、といえばいつも優しく返事をしてくれる。それがたまらなく愛しく温かい。
「私が眠るまで手を繋いでてくれない?」
「14にもなって一人で眠るのが怖いのか?」
「えぇ、私まだ14年しか生きていないんですから。怖いものは多いわ。」
私はもう目を閉じていたが彼が笑う気配を感じた。


目を閉じる。
やはり暗闇しか見えない。

彼はきっと私のものなんかにならないだろう。
私と接しているのはお金を稼ぐためなんだ。


わかっている。


15になればさすがにわがままも言えなくなる。
元気になった私に、彼は必要ない。



でもどうか、今だけでも眠りにつくまでこの手を握っていてください。





合わさる手のひら























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