ひどく寒い冬の日、お母さんの友達が家に来た。

色素の薄い髪をした人で、あんなに綺麗な男の人を見たのは初めてだった。

「君が万里子さんの子かぁ。」

シロさんは優しく俺の頭を撫でた。

「ちょっと待ってて、今お茶を入れるから。」

お母さんはゆっくりとした動作で、キッチンに姿を消した。

「今日は寒いね。」
「うん。雪でも降ればいいのにね。」

僕がそういうと、シロさんは少し驚いた顔をしたので変なことを言ったのかと思った。

「違うんだ。昔に、そう言った子のことを思い出してね・・・。」
「ふぅん。・・・ねぇ、その子はどんな子なの?」
「じゃあ、その子と僕の話を教えてあげるよ。」





裸足の冬





「雪でも降ればいいのにね。」

言葉とは裏腹に彼女は期待していない顔をして空を見上げていた。

「東京は雪なんて滅多に降らないし、積もらないから面白味がないな。」

彼女は少し微笑んだ気配がした。
縁側に座る小さな背中は、寒さのためかいつもよりも一回り小さくなっているように見える。

「体を冷やすぞ。もう中に入れ。」
「いいの。この寒さが気持ちいいの。」

少し機嫌のいい声だった。今日は顔色もよくて、元気そうだ。
けれど油断は出来ないし、やはり心配になる。

「雛、」
「シロさんは余裕がないなー。ダイジョーブ。今日は調子がいいの。」

小さな背中が動いたと思うと、彼女は跳ねるように庭へ下りた。

「雛!!」
「ふふ、きもちー。」

いつもベットで寝ている彼女は素足で、パジャマにカーディガンという防寒ゼロの服装だ。
俺は急いで自分の上着を持って、靴下だが構わず庭に下りる。
靴下を通して少しごつごつとした地面の感触が伝わる。

雛はまるで踊るように庭を歩く。
笑っているのに、雛の姿はとても儚くて、寂しげで、不安定な気がするのは俺の中に不安があるせいだろうか。

「冬は庭に花が咲かなくて少し寂しいけど、白くなるから好き。」
「白?」
「ほら、白いよ。」

彼女の吐いた息は濁った白となり、空気に溶け込む。

「空も、白くなる。雪が降れば地面は白くなる。私、白の、あの感じが大好きなの。」

空を見上げる彼女の瞳は本当に空が映っているのだろうか。

「私は死んだら真っ白になるんでしょうね。きっと骨も真っ白だわ。溶け込むみたいで悪くないと思わない?」

俺は固まった。
素足が少し黒く汚れている以外、彼女は日の光をあまり浴びないためか、不健康な白い肌をしている。

急に、目の前に立っている、白い空の下に立っている、彼女が空へ溶け込むんじゃないかと心配になった。



だから、俺はいつも君を捕まえるように、緩く優しく抱きしめるんだ。





彼女は泣かない。

ただ、儚げに笑うのだ。

この世のことを 諦めるように 慰めるように 敬うように


儚げに 彼女は笑う。



襖を開けるとガラス窓の淵に肘をつきながら雪を見ている彼女がいた。

所在ない布団から毛布を一枚引っ張り出して、彼女にかけてやる。

「ありがとう。」

ほら、また彼女は笑う。

外の雪と一体化してしまうのではないかという白く穢れのない容姿も儚げで。
また、ちゃんとこの世に彼女がいるのか心配になる。

「シロさんは優しいね。こんな死ぬ小娘に。」
「雛!」

俺は珍しく大声を出した。
大声に驚いた彼女はすぐに儚い笑みを浮かべた。

「雛、俺は」
「少し意地悪言っただけ。シロさんの気持ちはわかってるよ?」

俺の言葉を遮り、彼女は静かに言った。そして、また外を眺める。

「・・私が一人きりならよかったわ。私に優しくする人など現れなければよかったのに。」
「それは俺の存在を真っ向から否定してるな。」

俺が苦笑すると、彼女は困ったような複雑な表情をした。

「だって、一人きりなら誰かが傍にいるぬくもりなんて知らなくてすんだのに。
優しくされる度に、私は優しさを覚えてしまうのに。」

彼女は微笑んだ。
悲しみを紛らわすように 本当の自分を嘲るように

優しい棘を俺に刺す。

「ねぇ、シロさん。」
「・・・なんだ?」
「お願い、聞いてくれない?」

彼女が願いを言うことなんて初めてで、俺はすぐに頷いた。


「私が死んでも、シロさんは幸せに生きてほしいの。」




「でもね、どんなに愛する人が出来ても・・・・私のことはいつも頭の片隅に置いていてね。」


雛は照れたように年相応の笑みを浮かべる。






「それが私の最初で最後のわがまま。」
















「・・・・それで、雛さんは・・・・?」

僕は話の続きが怖くなった。
シロさんは寂しそうに微笑んだ。

「司郎さん、お茶が入ったわよ。」

お母さんの声が聞こえる。

「はい、いただきます。」

シロさんは立ち上がって行こうとするので、僕は慌てて言葉を発した。

「ねぇ、シロさんは幸せ?」






まるで雪が降るように静かに、シロさんは笑っただけだった。













(君も僕も、今この瞬間一緒に溶けてしまえばいいのに)























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