「・・・・さよなら。」

静かに別れを告げ、男に背を向けて私は歩き出した。
追ってきて抱きしめてくれたらいいのに、と無理なことを思う。




染まり始める空の下で





『○×公園』


件名はおろか句点までもついていない四文字の数字が携帯の液晶画面に映し出されている。
差出人の欄には『菜々』と出ている。
嘆息を一つ零してから、見ていた雑誌を元に戻す。
俺は本屋から出て冷たい風が吹く外へと出た。そして○×公園を目指す。

ゆっくりと、でも確実な足取りで俺は小さな児童公園の中に入った。
暗くなるのが早い今の時期に加えてここはあまり人通りがないので、公園の中は空っぽだった。
動物の形をした滑り台や、鉄棒などの遊具はまるでIブジェのように見える。




「菜々、」
2脚並んでいるベンチの一方に菜々は寝転んでいた。
ミニスカートのためパンツ丸見えかと思ったが、コートでうまく隠されていた。
俺は隣のベンチに腰を下ろす。

「ほら、ココア。」
来る途中にあった自販機で買ってきたココアはまだ温かかった。
たぶん今ちょうどいい温度になっているだろう。
菜々は起き上がり、ココアを手に取る。


しかし、すぐには飲まずにココアの缶を両手に持ち、なにか考えているようだった。
焦らす必要など全くないので、俺はぼんやりとオレンジ色に染まり始める西の空を眺めていた。
少し経ってから、菜々がスプリングを開ける音がした。


「・・・・・弘行はいらないの?」
ベンチに体育座りをしながらたずねてくる。
「いらない。」
そっかと言うと、遠慮なくゴクゴクとココアを飲み始めた。
風が冷たく吹いたので、俺は手をポケットに忍ばせ、肩を竦めて背中をかがめた。
菜々の方はあまり気にしていないようで、無表情でココアを飲んでいた。




「あのね、コータローっていう奴だったんだよ。」
「うん。」
俺は風に消されるくらいの小さな声で相槌をうつ。
「チャラチャラしたアクセサリーつけててさ、顔もそこまでよくなかったんだ。」
「そう。」
「でもさ、結構情に脆い奴で。ラブロマンスの映画見てボロボロ泣くのよ、彼女がいるっていうのに。」
菜々は泣いてもいなかった。思い出して笑うようなこともしなかった。ただ過去の思い出を語っていた。


「男友達の延長で彼氏と彼女の関係になってさ、サバサバしててすごくよかったんだ。」
「そう。」
「別にまた別れても友達同士でいられるからいいと思ったんだ。私はコータローのこと好きだし。」
「うん。」
「でもね、別れの言葉の最後に『俺と菜々は釣り合わないし』って言われたんだ。」

菜々は泣いてもいなかった。思い出して笑うようなこともしなかった。
けれど、少し寂しそうに、自分を嘲るように、言った。

「さすがにまたかよーって思った。なんで皆そう言うのかね。外見とかどうでもいいのに。」
まるで散る桜みたいに、菜々はふっと笑った。
菜々は気が済んだようにベンチから跳ねるように降りて、俺を見た。
「ありがと、話聞いてくれて。やっぱり弘行に聞いてもらうとすっきりするな。」
「聞くだけだから俺には安いもんだよ。」





それは嘘だ。



菜々の別れ話を聞くのはこれで何回目だろうか。両手ではもう数え切れないほどだ。
その度に俺は菜々の少し寂しそうな顔を見る。
そんな奈々を見るたびに、俺は別れた男たちを羨望し、嫉妬する。


自分でも最高に馬鹿なお人好しだとわかっている。




「菜々、」
「ん?」
色素の抜けた、長い髪が菜々と一緒に振り返る。
「俺と付き合えば?」
俺はそんなこと言わない。と付け足した。
菜々は俺をじっと見た後、俺に背中を向けた。


「嫌。だって逃げ道がなくなるじゃない。」
菜々が少し笑っている気配を感じた。
「逃げ道?」
「私が彼氏と別れた後の気持ちの逃げ道。無くなっちゃうの嫌だもの。」

わがままだなと、俺は妙に落ち着いてそう思った。
それは予想の範囲内だったような、端から菜々に期待してなかったような、そんな落ち着いた気持ち。


「恋人とかになったら必ず終わりが来る気がして嫌なの。弘行とはずっと一緒にいたいの。」
「・・・・・・・。」
俺は呆然と菜々の背中を見ていた。
菜々はそんな俺の反応がわかったのか、振り返ってふふ、と笑った。
「それに、私に弘行はもったいないよ。こんな汚い女より、他の可愛い子の方がいい。」
「・・・・そんなの、どうでもいいじゃないか。外見なんてどうでもいいって言ったのお前だろ。」

目を伏せて、菜々は寂しそうに笑った。





「だって弘行に嫌われたら私ダメになっちゃうよ。だって逃げ道はもうなくなっちゃうだよ。」





「嫌わない、大丈夫。」

子供をあやす時のように、優しく柔らかく言う。





「ホントに?」

菜々は上目遣いで俺を見る。俺は目を細めて頷いた。





夕暮れ間近の空の下、菜々の花のような優しい笑みが咲いた。



























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