悲しみも苦しみも私も、すべてすべて

真っ白に染めてくれればいいのに。












白で染める




目に映っているのに、それをみていないような、妙な、感覚。

「・・・・岩崎、」

その声に私は首だけ横を向いた。
ジーパンに黒のタートルネックというラフな格好の男が立っていた。
年は20後半。職業は・・・・教師。

「どうかしたの?先生。」
「それは俺が聞きたいんだけど。ここ、社会科準備室だろ?」
「そんなの入ってきた人は誰だってわかりますよ。」
「よし、わかった。お前そんなに俺のこと馬鹿にしたいのか。」

先生は大股で私に近づいてきてぬっと右手を出してきた。
頭を叩かれると思って身構えたら、乱暴に頭を撫でられた。
くしゃくしゃっと髪と手が重なる小気味いい音がした。

「・・・・髪が乱れる。」
「そりゃそうだろ、それを目的にやてるんだから。」

先生は私のコメントに満足したのか机に教科書とかプリントの束を置いた。
ふわりと先生の匂いがして、体の何かが動いた。

「・・・・岩崎サン。」
「なんでしょーか。」
「君が座っている椅子は俺の椅子なんですけど。どいてくれないと仕事できません。」
「椅子なんていっぱいあるじゃない。それにこの椅子は先生じゃなくて学校のお金で買ったものでしょ?学校にお金を払っている私に座る権利がないというの?酷いわね。」
「・・・・・・お前って口が達者だな。」

呆れたように、諦めたように先生は笑って窓を開けた。
冷たい風がセーターを通り越して私の体に当たった気がした。
外はもう薄暗くなっていて、部屋の蛍光灯が妙に明るく感じた。
もう冬だな、と先生が呟くように言った。

「先生、寒くないの?」

校内は暖房が効いているし、教師は広い校内を動き回るので結構薄着をしている。
部屋の暖かい空気が外の寒い空気に追いやられているのが肌で感じられた。

「寒いぞー。」
「じゃあ窓閉めなよ。」
「・・・・けど寒いのは嫌いじゃないよ。」

先生は薄く笑った。なんともいえない感情が顔に出ていた。
この時期に何かあったのかな、とよくわからないけど何故かそう思った。

「・・・・・先生、」
「ん?」

こげ茶の瞳と目が合った。
なんだか体の奥が射抜かれた気がした。

「寒い?」
「いいや、暖かいよ。」

どこか寂しさを帯びた笑みだった。
先生と私の壁が見えた気がして、涙が出そうだった。

「先生、」
「なに?」

壁っていうのは教師と生徒っていう立場じゃなくて、
十歳以上年が離れているからとかじゃなくて、
きっと、この人は私になどこれっぽっちも自分を見せてくれていないのだ。
つまり、私なんて眼中にないんだ。

彼はずっと、私を通してなにかを見ている。


そんなの、わかってるよ。
気付いているよ。
それを先生は気付いてる?


「先生、」
「・・・・・・・。」
「先生なんて大嫌い。」

視界が歪んだ。
先生の顔がいくつも出来て、まるで万華鏡みたいにきらきらゆらゆらと視界は揺れた。
何か零れたと思ったらそれは涙で、視界が少しクリアになった。

「岩崎、俺おじさんってことわかってる?」
「・・・・・・。」

私は首も口も動かさなかった。

「それにお前はまだおんなじゃなくておんなのこっていうことわかってる?」

わかってるよ。
先生が私のことなんて見てないことくらい。
私のことただの生徒で子供としか思ってないことくらい。

知ってるよ。わかってるよ。

でもこの気持ちをどうすればいいかなんて、わかんないよ。

「わかってるよ。馬鹿にしないでよ。私、伊達に先生見てきたんじゃないんだから。」
「ほー、そりゃすげー。」

馬鹿にしたような口調が少しむっとした。
本当に、私は先生を見ていた。だから、嫌なことも全部気付いちゃった。

「私が先生の子供だったらよかったのに。」
「・・・・なんだそれ。」

もしも私が先生の子供だったら私をちゃんと見てくれた?

「・・・・・なんてね。」

先生には聞こえないくらい、小さくそう呟いて、私は薄く笑った。
なんて馬鹿らしいこと考えているんだろう。
私は髪を手で梳いた。セーターの感触が肌に感じた。

『・・・・・お前は白が似合うな。』

そう言われてからセーターは白にしている。
馬鹿みたいに白の可愛い服を買ったときもあった。
気付けば私は白いものを好んでいた。

「・・・・・馬鹿みたい。」
「そーだな。お前は馬鹿だよ。」
「先生に言われるとむかつきますね。」
「そーですか。」


「・・・・・・こんな顔もそれほどよくなくて、教師で口の悪い人を好きになるなんて一生の汚点ですよ。」

「・・・・・・お前に言われるとむかつくよ。」

先生は笑った。少し、子供みたいに笑った。
少しだけ私を見てくれた気がして、もういいかなと思った。
もう疲れてしまった。終わりのない私の気持ちと先生との戦いに。

もう、いい。最後にこの笑顔が見れたなら。

「・・・・私、もう帰りますね。」
「そーしろ。日が短くなってるしな。」

私がドアに近づいて、ドアノブを握ってから振り返った。
先生は外の景色を見ていた。

「先生、ありがとう。」
「・・・・・・どうした、急に。」

少し驚いた顔をしていた。
私は無理矢理笑った。
いつもみたいに上手く笑えない。

「じゃあ、さよなら。」
「・・・・おー、気をつけて帰れよ。」

ドアを閉めて、下駄箱へ行って、校門を出て、私は少し泣いた。



さよなら 私の気持ち






















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