午前0時。
人がいない歩道。頼りない電灯のある薄暗い道。
彼女はとてもイライラしていた。

ショートカットの薄紫の髪。猫を連想させる鋭く大きな灰色の瞳。
170近い身長ですらっとしたイメージがある。腕や足も細く、長い。
モデル顔負けのスタイルの良く、顔も綺麗。十代後半に見える若さが一層彼女を引き立てた。
だがそんな彼女の眉間には皺が寄っており、口には煙草を銜えている。
どこからみても、不機嫌そうな様子であった。

彼女は自分が何にいらついているかわかっていた。
それを考えるとまたイライラが増す。
「・・・・・あぁ、むかつく!!」
その声と同時に彼女の長い足先が道に落ちていたスチール缶を捕らえる。
金属が凹んだ音がするとスチール缶は数メートル先まで飛び、くの字型に凹んでいた。
普通のパンプスを履いていてしかも細身のその体から何故そんな力が生まれるかは謎だ。

煙草を履き捨て、低いヒールで憎たらしげに踏みにじるとじゃり、と足音が聞こえた。
彼女は缶の落ちている辺りを睨みつける。
「お嬢様。」
風に乗って聞こえてくるような、繊細で美しい声。
まるで幻聴かと思うくらい綺麗な声なのに彼女はそれを聞いてまた不機嫌になる。
「お嬢様って呼ぶんじゃねぇって言ったことをもう忘れたのか?」
美しい外見とアンマッチな乱暴な言葉だが腕を組み仁王立ちしている姿は妙に様になっていた。

「帰りましょう。霧様がご心配しております。」
闇に解けてしまいそうな真っ黒な腰までの長髪。切れ長の瞳にこれまた180ほどある長身。
顔は二十代にも三十代にも見える、年齢不詳といったところだ。
綺麗な顔立ちは困った様子でも安心した様子でもなく、無だった。声も酷く感情がこもっていない。

『世界や全てに興味が皆無な無愛想男』。

彼女は密かに彼をそう呼んでいた。
「あんなクソ親父が私を心配するわけないだろ。と、いうか心配しているのはどうせ私の『目』に決まってる。
出てきたんだから帰るわけないことぐらいあんただって馬鹿じゃないからわかってるはずだ。」
ぎろりと鋭い瞳で睨む。

だが彼は何の反応も見せず、感情のこもってない声で言う。
「立花様」
「様付けすんじゃねぇ!」
噛み付くような鋭い声。完全な拒絶。警戒心が異常に強い野良猫のようだった。

「・・・・・・なにが不満なんですか。」
彼は少し呆れた声を出した。本当に身近なものでは分からないが。
「全て。」
立花は清々しいほどすっぱりと即答する。
彼は立花を無表情で見つめる。ただ、傍観するように。
「大体あんたは忍なのに一般歩道に出てきても大丈夫なわけ?」
立花はジーパンのポケットに手を突っ込み煙草とライターを出す。
「・・・・・・立花様がそうさせたのではありませんか。」
「だから様つけんじゃねぇ。あんたが勝手にそうしたんだろ。知るか。」
煙草に火をつけ、肺に煙を入れる。

「・・・・・・・煙草はまだ早いと思われますが。」
「あと四年もしたら吸えるんだから今吸っても変わんないだろ。」
「変わると思いますし、お体に悪いです。」
無表情のツッコミに立花ははっと嘲笑った。

「私に死なれたら宇津川家は瀕死に等しくなるからあんたにとっては困ることだよな。
だけどこれは私の勝手だ。親父に煙草吸わなきゃアレができねぇって言ったら許可するに決まってる。」
吐き出された言葉は諦めと憎悪の混じった複雑な響きをしていた。

「・・・・・・・立花様、帰りましょう。」
「嫌だ。」
立花は優雅に煙草を吸いながら言う。

彼女は彼から逃げられないことはもうわかっている。
彼は何百年もの歴史がある忍の名家の当主。彼女の護衛であり、代々宇津川家に仕える者。
宇津川にとって大事な商品だから殺されることはないだろうが彼がやろうと思えば身動き一つできず死ぬことができるだろう。
軽く気絶させて家に持って帰れば簡単なことなのに、半端な優しさで説得しようとしているのだ。
そういうところが、彼女をもっと苛立たせた。

「・・・・・力ずくは好みません。」
感情を一つも表さない顔を立花は睨み付ける。
「私だって嫌だよ。だってあんたに私が敵うはずないでしょ。あんたには私を説得する何かがないの?」
立花は煙草をコンクリートの地面に落とし、踏みつける。







彼女は思った。

彼が自分を説得できるか?



それは否だ。















説得する何かなど、この男にあるはずがない。そして私はどんな説得でもあそこに帰る気はない。
私は何故あんな家に生まれてきたのだろう。私は何故こんな力を生まれ持ってきたのだろう。


名家と言われる宇津川家。そんな時代遅れの古臭い家に生まれた私。そんな私を産んだのは弱い女だった。
母親はジジイ共の圧力に勝てず自殺。父親は欲と金に塗れた奴でそれ以外に興味はなかった。
そして私は特別な力を持って生まれた子。

代々宇津川家は特別な力――――精神思念(テレパス)。

どこにいようと他人の脳に言葉を伝えられたり、同じ能力の人と会話ができる。
そして使いこなせば人の心だって読むことも可能だ。
三代に一度くらいで宇津川家にはその能力を持つ人間は生まれた。


しかし、私は違った。
精神思念だけではなく、予知もできるのだ。
他にまだできることがあるかもしれないと家の者は目が輝かせ、私を未知の力を持つ少女だと大騒ぎした。


欲深な父親は私の力を商品にした。

金持ちたちに今後の彼らを占わせたり、この取引が家のためになるかなど、いろんなことを予知させた。
それが、もう五年ほど続いている。



もう、うんざりだ。

学校にも行けず、家庭教師は私を恐れている。家にいたって私は除け者。
親父は汚い顔で私に笑いかけ、金を稼げと言外で言う。
完全に閉じ込められた世界。家を出て、今日初めてコンビニをいうものを間近で見た。

マンションだって、家以外の人だって、すべて知識しかなかった。
私が逃げ出さないように警備はがっちり。広い自室から出してもらうのは食事と仕事の時のみ。
いつも見張られていて、落ち着くことのない空間。欲しいモノはもらえるけど、自由だけはもらえなかった。


あんな家に帰る気が起こる人など誰がいるのだろう。















「・・・・・もう嫌なのよ。あんな家。あんな親父。こんな私。」
何故こんな男に泣き言を言っているのだろうと立花は自問するが、口は止まらない。

「あんな家に産まれて来たことは何度も呪ったし、私があんな力を持って生まれたことも苦しかった。
けど、恨みはしなかった。私の力は・・・・もっと、他の使い方があるはずだと思っている。
あんな、ブタみたいな親父たちの未来を見るより、もっと大事な何かを見るためにこの力はある。
そう、思ってる。だからあんな家にいたら一生私の力は役立てない。だから出たんだ。」

少女は堂々とそう言った。
すべて自分で考え自分で決めたこと・・・・その信念は固いことは一目瞭然だった。


立花は予知をし、抜け出せるタイミングをはかり家を出てきたのだ。
五年も商品として扱われた力は完璧に操れるようになり、見たくなかったら見えないし、見たいと思うところだけ見える。


「・・・・・・立花様、私は宇津川家を裏切ることはできません。」
立花は落胆しなかった。当然のことだと思っているからだ。
今の時代に忍など不要であり、当主の彼がその場の感情で宇津川を裏切るなんて出来るはずがない。
そんなこと予知するまでもなく立花はわかっていた。
それでも、誰にも言えなかった決断を彼に言えただけですっきりしたのだ。

「当たり前だ。あんたは神楽家の当主だから易々と裏切るのは家の存亡に関わることだろ。」
立花は宇津川家に何の執着も情けもないので簡単に家を捨てられる。
だか、彼は違う。こんな小娘一人のために代々続く伝統的な家を終わらせることなどできるわけがない。

「しかし・・・・それは今の話です。」
「・・・・・どういう意味だ?」
彼の意外な言葉に立花は驚いた。

「少し時間は要するでしょうが当主は私の弟に代わるでしょう。」
「!!な、なんでだ?!」
立花は急速に男の年齢を思い出していた。
確か、二十五か六だった気がする。
先代が早くに逝ってしまったため彼が若い年で継ぐことになったとどこかで聞いた。
そして彼には当主になるほどの才能と力があった。
しかし神楽家の当主を代えることを現当主が言うのだから間違いない。
嘘をつくようなことは彼はしないことを立花はよく知っている。

いつの間にか、彼は立花に近づいていた。
ゆっくりとした動きで立花の前に跪く。
「な、なにしてんだよ・・・?」
立花は混乱しながらもそう言う。彼は静かに口を開いた。

「・・・・私が当主でなくなる時、その時こそこの神楽甲斐は真に立花様にお仕えいたします。」
いつもの感情のこもっていない声ではなかった。
立花を主人とする契約の言葉は、温かい感情が含まれているように感じる。
しかし言われた本人は状況が理解できずにただ呆然と彼―――神楽甲斐を見ることしかできなかった。
































「ん・・・・・」
懐かしい夢を見た。彼女はふと笑みを浮かべた。
「あれ、」
どうやらぼんやりとテレビを見ていたらうたた寝をしてしまったようだ。
しかし彼女には毛布がかけられていた。
彼女――――立花はまた微笑み、起き上がると驚いて息を呑んだ。

漆黒の短髪に、睫毛の長い切れ長の瞳は閉じられていた。
気持ち良さそうな寝息が静かな部屋に響く。
立花は唾を飲み込み、そろそろと音を立てないように近づく。
すると、男と目が合った。

「・・・・狸寝入りしてたな。」
立花はわくわくとした顔からすぐに不満そうな顔になった。
「・・・・・・私が貴方の護衛中に寝るとでも思われましたか?」
確かに、納得してしまった立花は悔しいので嫌味っぽく言った。
「寝顔は綺麗だったのに。ホントあんたっていつ寝てるんだ。」
「・・・・・夕食にしましょうか。」
男はその言葉をしっかりと聞いた後、何もなかったように立ち上がる。
「無視ですか。」
少しむっとした顔をしてから立花は笑った。


「立花様、今夜は何にしますか?」
「私が作るから甲斐は手伝え。そうね、シチューにしようか。」
立花は意気揚々と立ち上がり、台所へ小走りで向かう。
鼻歌と共に水が流れる音が聞こえ出す。



甲斐が目を細め、微笑んだことを立花は気づくことはなかった。






























イメージソングは宇多田ヒカルの「光」。
「光」をイメージして書いたつもりはないんですが後で聞いたら私のイメージかもと思ったり。
最後の場面の二人がなんだか新婚みたいだなと密かに思っています(笑
マイダーリン相棒の一周年記念に贈ったものですv













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