俺にとってのあいつの存在は、言葉では表せない。
























それは春が足踏みしている季節のこと。


「おはよ〜。」
出かける支度をしていたら、ノックもなしに美和子が入ってきた。
「・・・あぁ。」
美和子の顔は少し照れたように顔を綻ばせた。

部屋を出ると、美和子も後ろからついてきた。ゆるくウエーブされた髪が歩く度に揺れる。
「・・・・どこに行くんだ。」
「まずは・・・映画。」


毎年、バレンタインに何かしら物をもらう。
ホワイトデーは何か欲しいものはないかと聞くが、毎年「別にいいよ」の一言で済まされていた。

しかし今年は違った。

何がいいか聞くと、少し恥ずかしそうにしてから「一日一緒に出かけよう」と言われた。
簡単なことなので返事をして、ホワイトデーのある週の日曜日、つまり今日出かけることになったのだ。


「邦画でいいのがあるの。たぶん俊彰も嫌いじゃないと思うな。」
「・・・・そうか。」
今日の美和子は機嫌が良いのか少し饒舌だった。









「はぁ、ついに美和ちゃんも俊彰とデートしてくれる日が来たのねぇ・・・」
「そうね。ついに私達、親戚同士になれるかもよ?」
一階へ下りると玄関で母さんと佐和子さんが話していた。
佐和子さんは美和子の母親で、美和子の面影のある顔立ちをしている。
一般的に「可愛い」と形容していい容姿だが、中身は侮れない。


「お母さん・・・何してるの?」
「あら、美和子。そんな地味な色を着ないでもっと明るい色着たら?」
佐和子さんの容赦ない言葉に、美和子は返す気力もないのか溜め息をついた。

「それにしても俊彰くん、かっこよくなったわよね〜。また身長伸びたんじゃない?」
佐和子さんは可愛らしい笑みを浮かべ、背伸びをして俺の頭を撫でる。
「・・・・はぁ。」
独特のペースを持つ佐和子さんを決して嫌いではないが、いつもうまく返事を出来ない。
けれど佐和子さんは俺を一度も「無愛想な子」ということはなかった。
曖昧な返事に、甘いお菓子のような笑顔を向けてくれる。


「俊彰くんが婿に来てくれたら、うちも楽しくなるのにな〜。」
「えー、そうしたら私美和ちゃんとおしゃべりできないから寂しいわ。」
「あ、そっかごめんね、みどりさん。・・・ん〜、どうしようか・・困ったねぇ・・」
一緒に頭を悩ます母親たちに、キリがないと判断した美和子が口を開く。

「私達の未来を勝手に妄想しないでよ!お母さん、邪魔。靴履けない。」
「あ〜、ごめんね、俊彰くん。」
「私に謝って。」
美和子はまた溜め息をついて靴を履いた。俺もそれに続く。

「俊彰、しっかり美和ちゃんのことエスコートするのよ。」
母さんの余計な言葉が聞こえた気がしたが、聞こえない振りをする。
「いってらっしゃ〜い。帰りが遅くなっても心配しないから〜。」
のんびりとした声に見送られ、俺たちは家を出た。









映画は良かった。
穏やかな映画で、大事件というようなすごいことは起こらない。
けれど人の温かさや時の流れを素直に表して、綺麗な映画だった。

「良かったね、映画。」
近くの喫茶店でミルクティーを飲む美和子は、映画のことを思い返しているようだった。
「・・・そうだな。」
落ち着いた店内は、時の流れがゆっくりしているように思えた。
いや、ゆっくりしているように思えるのは美和子のせいかもしれない。



俺は話すことが得意ではない。
喋るタイミングというものを16年も生きているが、今だ掴めていない。
もう昔に誰とでも喋れるようになることは諦めているし、気にしていない。

そして感情を顔に出すことも苦手だ。
中学に入ってから気がついたが、俺は他人とのテンポが大幅に違うらしい。
それにもともと冷めた性格をしているし、この前母さんに「あんたは顔の筋肉がないのかね」と言われた。
つまりは笑うようなこともないし、泣くようなこともないのだ。

そんな俺を理解する人間は母さん、美和子とその家族、それと啓太くらいしかいない。
俺はそれだけいれば充分だと思っている。



「私、あの老夫婦みたいにのんびりと老後を過ごすのって憧れるなぁ。」
美和子は羨望の眼差しを遠いどこかへ向ける。
主人公の相談役として映画に出ていた老夫婦は、
確かに穏やかで満たされた生活をしているようだった。

「俊彰もそう思わない?」
美和子の瞳は、まるで未来の俺たちがあの穏やかな老夫婦のようになることを望んでいるようだった。

「・・・・悪くないと思う。」
そう言うと、美和子は嬉しそうに目を細めた。
そういえば、この頃嬉しそうに笑う回数が増えた気がする。
中学に上がってからあまり笑っていなかった。



美和子は、たぶん他人の中で一番俺を理解していると思う。
俺が怖がられたり、不気味に思われても態度をひとつも変えなかった。
小学校のときも何を言われようとも俺と一緒に遊んだし、帰ったりもした。

小五になってからはもともと口数も少ないのに喋りかける回数が増えた。
それでも中学に入るとクラスも遠くなるし、話す機会も減った。
時々苗字で呼んだりすることがあったが、
気に喰わなかったので返事をしなかったら渋々名前で呼んだ。

最近ではあまり喋らなくなった。
言葉を交わさずに、一緒に部屋にいることもあったし、
お互いがいることを認め合って同じ空間にいることは心地良かった。
話したいことがあればお互いに喋るし、ただゆっくりとした時の流れを感じることにしていた。

だから一緒に外に出かけるなんてことは数年ぶりといってもよかった。
数ヶ月前起こった事件で、想いを確かめ合ったが特に変わることはなかった。
恋人らしいことをしたとすれば、今日が初めてかもしれない。



ミルクティーを飲む美和子を、ぼんやりと見つめた。
明らかに機嫌がいいし、よく見れば薄く化粧もしている。
美和子が視線を上げたので、目が合った。

少し照れたような、瞳。

そう、目を見れば大抵相手が何を思っているかわかる。
特に言葉を言わなくても、美和子も俺の思っていることがわかると思う。


「・・・美和子、」
「ん?」
少し驚いている。確かに俺から話しかけることは少ない。



「・・・時々、またこうやって出かけるか?」



これくらいのことで上機嫌なら、毎週出かけたっていい。
それで、美和子が喜ぶなら。



美和子は目を見開き、少し頬を赤くさせて嬉しそうに目を細めた。

「うん。」

たぶん、俺は美和子の笑っている顔が好きだ。


そう気がつくと、自然と目を細まっていた。












(俊彰の優しい笑顔に私の体温は上昇した)





























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