響き渡る拍手と、ただ真っ直ぐとあの人を見つめる先輩の横顔。

叶わない恋なんてするもんじゃない。

そう思ったとき鼻がつんとして、俺は目を伏せた。










手が届く距離



出会いなんて唐突で、そして密やかな再会は俺の心を真っ赤にした。

けど出会ったときも再会したときも、先輩の傍にはあの人がいた。


「・・・部長はアキ先輩のことどう思ってるんですか?」
遠くで野球部の掛け声が聞こえる校庭の裏にある水道。
耳障りな水の音を聞きながら、俺は呟くように言った。
顔を洗っている部長に聞こえているのかわからない。
湿気の多い今日は顔を洗ってさっぱりしたはずなのに、べっとりと背中に汗がついている。

キュッと蛇口をひねる音が響く。
手ぬぐいで顔を拭いた部長は、俺の方を見て笑った。
それは今まで見た部長の笑顔の中で最も恐ろしかった。
静かすぎる笑み。上手く表現できないが、俺はそう思った。
ただ俺をまっすぐ見つめる。

「それはどういう方向で?」
その口調はいつもの軽薄そうなものではなく、知っている部長とかけ離れた声音と表情だった。
不敵な笑みを刻んだ顔は、男の俺が見ても美男子だと思う。
「わかっているのにそういう質問をしないでください。」
俺は部長のまっすぐな瞳を受け止めて、小さな反論をするので精一杯だった。

そんな俺を見て先輩は笑った。
「・・・・大橋を甘く見ていたことを謝るよ。」
「え?」
「ここまで馬鹿とは思っていなかった。」
かっと顔が熱くなる。
だが部長は余裕の微笑みで、俺の睨みなどそよ風のように受け流していた。
「質問に答えてください。」
「答える必要はない。自分で考えろ。」
冷たく言い放つ部長に、俺はもう言う台詞がなかった。

無言で睨んでいると、部長の表情がふいに柔らかくなった。
怪訝そうに見ていると部長は微笑んだ。
「大橋、叶わない恋なんてするもんじゃないぞ。」
「―――っ!!」
勝者がする笑みだった。

「あんたっていう男は・・・・!」
俺は自然と手を握り締めて、体が怒りで震えていた。


「菊野、」
軽快な足音と凛とした声が聞こえた。
後ろを振り返ると予想通り先輩がいた。
部長の顔を見ると、薄い微笑をしていた。

「・・・アキ先輩。」
「大橋、菊野と二人でいたの?珍しいね。」
今まであった緊張した空気が徐々に薄れてくる。
「何かあったの?」
いつもと少しだけ違う、部長の微笑み。

「いや、菊野に用事があったの。会計のことなんだけど。」
「あぁ・・・荷物が道場だから帰ろう。」
歩き出す部長に先輩は俺を振り返った。
「大橋も一緒に行かない?」
「いえ・・・水飲んでから行きます。」
「ん、わかった。」
先輩いつもの笑顔で言うと小走りで部長のところへ行った。

遠くで先輩たちの会話が聞こえる。

「・・・・ねぇ、菊野。なんかあった?」
先輩は少し怪訝そうな顔をして部長を見る。
「たいしたことじゃないよ。・・・・・・亜季、」
「ん?」

「髪の毛に葉っぱついてる。」
他の女に触るときとは天と地ほど違う、優しくて壊れ物を扱うかのように部長は先輩の髪から葉っぱを取った。
「・・・・ありがと。」
納得いかない顔をしながらも、先輩はぎこちなく、でも嬉しそうに微笑む。


いつも女をたぶらかしてるくせに、先輩にだけ繊細なものを触るように接している。
それはとてもわかりづらいけれど、一度気付いてしまえばやけに目につく。
他の女は「○○ちゃん」と呼ぶのに先輩だけは「亜季」と優しく呼ぶんだ。

『自分で考えろ。』

考えて考えて辛すぎて、俺はあんたに聞いたんだ。
否定してくれないかと砂粒みたいな期待をして。
どれだけ先輩のことを大事にしているかってわかっていながら。







「・・・・菊野、全国で一番になっちゃったね。」
ぼんやりとした口調で先輩は言う。
苦笑しか出来なかったけど、先輩は俺なんて見ちゃいなかった。
見つめているのは、いつもあの人。
「そうですね・・・・ホント、すごいですよ・・・・」



俺は、絶対あの人に勝てない。

いくら頑張っても、先輩は俺を見てはくれないんだから。

だから・・・・

「先輩、」
「・・・・なに?」

あの人がいない今だけでいいから、

「俺、来年あそこにいたいです。」
「・・・・・うん。」

隣にいてください。

「だから・・・あそこにいた時、先輩はここで俺を見ていてくれませんか?」



俺だけを、見てください。
























(手が届く距離なのに、貴方の心には届かない)























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