きっと卒業までこの想いは告げないだろうと思っていた。
だって絶対叶わない恋だし、彼は私のことなんか気にも止めてないと思っていた。

それなのに、この状況はなんなのだろう。




「紗絵ちゃん。俺、君のことが好きなんだ。」


私は口を開けて、ぽかんとした顔をしているに違いない。なんて間抜けた顔なんだろう。


心臓がどくどく鳴って、頭がくらくらする。
けれど、早とちりはいけない。理性がそう言う。
これは趣味の悪いいたずらかもしれない。


六時間目が終わったとき、藤沢くんが誰にも気付かれないようにそっと紙切れを渡してきた。
その紙を見れば、「放課後教室に残ってて」というものだった。
もうその時点で心臓が爆発しそうだったけど、また理性が別に深い意味はないでしょと言う。



「・・・えっと、罰ゲーム?」
私がそう言えば、彼は笑って「バレた?」と言うに違いない。
そう思ったのに彼は少し悲しそうな顔をした。
「ん〜、やっぱりそういう風に誤解するかぁ。」
彼は明るい茶色の髪をいじる。


うん、誤解しちゃうよ。と私は思った。

彼は、藤沢啓太くんは、はっきり言って人気者なのだ。
女の子には優しいし、男子とはいっつも馬鹿笑いしている。
女友達は数多くいて、モテて、でも男友達だっていっぱいいる。

「啓太はホントにイイ奴。」皆揃ってそう言う。
明るくて、気配り上手で、彼といるととても楽しい。
いつもクラスの中心には藤沢くんがいる。

それに比べて私は地味な生徒だ。
男友達なんてほとんどいなくて、女友達は人並みにいる。
人並みに学校生活を楽しんで、流行がとても好きというわけでもない。

藤沢くんたちの輪に入りたいと思っても、上手く喋れないだろうからいつも外から見ているばかり。
ただの普通の女子高生だ。


そんな私に、何故人気者の藤沢くんが告白するのだろう。
罰ゲーム以外考えられない。



「罰ゲームでもなんでもなくて、君のことが好きなんだ。
・・ん〜、どうすればわかってもらえるかなぁ・・・。」
藤沢くんは眉間に皺を寄せて考えている。
考えたって、私は藤沢くんが私を好きだなんて信じられない。


「ねぇ・・・なんで?」
「ん?」
「もしもさ、藤沢くんが私のことを好きなら、なんで?理由は?」
こんな私を好きになる理由なんてどこにあるんだろう。
藤沢くんはちょっと悲しそうな顔をして笑った。胸がキリリッと痛んだ。

「まずね、紗絵ちゃんの顔が俺の好みってこと。」
「は?」
私はついそう口に出してしまった。

「可愛いじゃん、紗絵ちゃん。最初はそう思ってるだけだったんだけど。
気配りが上手い子だなぁってことに気がついたわけ。」
藤沢くんは優しく微笑んでいた。心臓がばくばく鳴る。

「嫌な係りとかすぐ引き受けるし、しっかりした子だし、笑うと可愛いし・・・」
指折り数えていく藤沢くんに、私はもう耐え切れなくなった。
「も、もういいよ!!」
「・・・・え、うん。」
藤沢くんはちょっと驚いた顔をする。

「・・・・あの、さ。」
「うん。」
藤沢くんはまっすぐ私を見つめてくれる。
「あの、本当にそうなの?」
「そうって?」
「その・・・・私のことが、好きって。」
自分で言ってものすごく恥ずかしくなった。顔が熱い。

「うん、そうだよ。本当に。」
こげ茶の瞳はしっかりと私を見ている。本当に、本当にそうなのだろうか?
「・・・返事はいつでもいいよ。待つし。」
どうしよう、この気持ちを伝えるのは今しかない。怖い。でも・・・


「放課後まで残らせちゃってごめんね。ほら、人がいると恥ずかしいじゃん。」
藤沢くんは笑い、鞄を肩にかける。気がつけば外は暗くなっている。
「暗いから一緒に帰る?・・・あ、嫌ならいいけど。」
そう言って歩き出していく。私は鞄を握って、背中を見つめた。


どうなるかわからない。でも、本当はずっとずっとこの気持ちを言いたかった。


「ふ、藤沢くん!」
「ん?」


「あのね、私・・・・私、ずっと藤沢くんのことが好きだったの。」












いまだに、信じられない。

私は授業中に外を眺めながらそう思った。
二週間前、私は藤沢くんに告白された。そして、私も藤沢くんに告白した。
つまり、めでたく両思いということだ。その事実からいってもう信じられない。
それから、両思いなのだから付き合うことになった。


夢みたいだ。
休日にデートしたことはまだないけど、毎日一緒にお弁当を食べて、一緒に帰っている。
私と藤沢くんが付き合っていることは二日経てばみんなが知っていることだった。
女友達は「啓太と遊べなくなるのは寂しいなー」と言いつつも、藤沢くんを祝福していた。
良い友達が多いのだろう。みんな「よかったね。」と言うばかりで誰も私のことを非難しない。

「紗絵?」
私みたいな子が、あの人気者の藤沢くんの彼女でいいのだろうか。
「さーえーちゃーん?」
目の前に手が見えて、私は驚いて振り向くと鞄を持った藤沢くんが立っていた。

「わ、ごめん!!」
時計をみるともう授業なんてとっくに終わっていた。
「疲れてる?ぼけ〜としてたよ。」
「あ、ううん。大丈夫。ちょっとぼんやりしてただけ。」
笑ってそう言って、鞄を持つ。


私達はいつも体育館の裏口でお弁当を食べる。
屋根があって、階段のところで食べる。人もいなくて、静かでいい。
藤沢くんはいつも面白い話をしてくれて、私はその度おかしくって笑う。
私も緊張するけど、小さな面白くも無い話をする。そうすると藤沢くんはちゃんと聞いてくれる。

なんて、夢みたいなんだろう。
幸せすぎて、怖い。








それから一ヶ月経って、私達はいつものように一緒に帰った。
私は最近になってやっと力を抜いて藤沢くんと喋れるようになってきた。
藤沢くんは私を「紗絵」と呼び捨てで呼ぶようになった。


クリスマスカラーに色づく商店街を歩いていると、綺麗な女の子が二人の男に絡まれていた。
二人の男は大学生みたいで、にこにこした顔でしつこく口説いている。
女の子は無表情で男たちに拒否の言葉を言っていた。
しつこくて、かわいそうだなぁ・・・。

「美和ちゃん!」

え?とそう思ったときには隣に藤沢くんはいなかった。
前を向けば、藤沢くんが何か言って、男を追い払っていた。
私は慌てて近づく。

「美和ちゃん平気?綺麗なんだからあんまり一人で歩かない方がいいよっていつも言ってるのに。」
藤沢くんはじれったそうにそう言うが、女の子と私の目が合った。
「藤沢君、その子が彼女さん?」
「あ、うん。可愛いでしょ?」
藤沢くんはそっと私の手をひいて、私を引き寄せる。

「こっちは俺の中学からの友達の浅田美和子ちゃん。」
「よろしく。」
浅田さんは小さく微笑んだ。とても可愛い。
近くで見るとさらに綺麗に見えた。日本人形のような艶のある黒髪に、大きな漆黒の瞳。
少し華奢で、顔も整っていて、足も細い。
男がナンパしたくなる気持ちもわかる。

「美和ちゃん何してるの?」
「おでんの材料が足りないって電話されて、買いにきたの。」
「・・・なんかどんどん主婦っぽくなってるね。何、恒例の合同おでんパーティー?」
親しげに二人が喋っている。
いつもなら藤沢くんは街で女友達と会っても挨拶と一言交わすくらいだ。
それなのに、今はとても嬉しそうに喋っている。

私はなんだかすごく嫌で、唇を噛んだ。


「・・・そろそろ行かなきゃ。」
「あ、引き止めてごめん。じゃあまたね。」
「うん。」
浅田さんは私に小さく微笑み、歩いていった。
悪い子じゃない、となんとなく思った。

「さて、行きますか。」
上機嫌の藤沢くんは笑って私の手をひく。
大好きな人と手を繋いでいるのに、なんでこんなに心が冷えているんだろう。













それから一週間、私はずっと浅田さんのことがひっかかった。
そのせいで藤沢くんともぎこちなくなった。

「紗絵、ごめん。今日はちょっと用事があって一緒に帰れないんだ。」
「・・そっか。」
「ホントごめんな。」
そう言って藤沢くんは教室を走って出て行ってしまった。
悲しさがじわじわと広がっていく。



なんだか真っ直ぐ家に帰る気持ちになれなくて、帰る途中少し大きな街に寄ってぶらぶらした。
クリスマスムードの街に、カップルばかり目についてさらに悲しくなった。
もう帰ろう。そう思って駅へと向かっているとき、ふと喫茶店が目に入った。

私は全身が硬直してしまって、立ち止まった。



喫茶店にいたのは、真剣な顔をした藤沢くんと・・・・浅田さん。

口に手を覆った。驚くほど冷たい。全身が冷たい。
私は動けなくて、ただ呆然と二人と見ていた。
藤沢くんがふと外に目を向けた。
逃げなきゃ、そう思ったのに体が動かない。



目が、合った。



藤沢くんは立ち上がって何か言っている。
浅田さんは目を見開いて私を見ている。
藤沢くんがテーブルから消えた。きっと私のところに来ようとしているのだ。

逃げなきゃ。
やっと冷えた体を動いた。






自分の部屋のドアを閉めたとき、ものすごく呼吸が荒いことに気がついた。
当たり前だ、ずっと走ってきたのだから。
携帯がずっと鳴っている。出るのが嫌で、慌てて電源を消した。
幸い今日は金曜日だ。明日も明後日も学校はないから藤沢くんと会わなくて済む。

私はコートを着たままベットに突っ伏した。
さっき見たことが思い出される。
滅多に真剣な顔をしない藤沢くんが、真剣な顔をして浅田さんと一緒にいた。
藤沢くんは浅田さんのことが好きなんだろうか。
あんな美人な子、私に比べたらずっと良いに決まってる。

涙がおかしいくらいに出た。
下にお母さんがいるのも忘れて、私は大声で泣いた。













「紗絵、電話よー!」
その声で私は目を覚ました。
目が痛い。頬ががびがびしていた。
外を見ればもうとっくに日が昇っていた。今はもうお昼ぐらいなんだろう。

ノックが聞こえ、お母さんが部屋に入ってくる。
「あら、そのままの格好だったの?布団も被らないで体冷えなかった?」
私が大泣きしていたことに触れず、体の心配をしてくれるお母さんに私はまた涙が出そうになった。

「そうそう、電話よ。」
そう言ってお母さんは子機を私に渡した。保留中になっている。
私は何も考えずに、通話ボタンを押した。

「・・・もしもし。」
『あ、紗絵?!よかった、やっと話せた・・・。』
私はその声をとても久しぶりに聞いた気がした。
それから自分の失態を呪った。
なんて馬鹿なんだろう、私は。


『あのさ、なんか美和ちゃんと俺を誤解してるみたいだけどそれは全然違って―――』
「何が違ってるの?!私と一緒に帰らないで、真剣な顔して一緒にいたのに?!」
『それは―――』
「この前会ったときも私なんかほったらかしで、
ずっと嬉しそうに喋ってたし、私のことなんかもう嫌いになったんじゃ・・・」
自分でそう言って、悲しくなって涙が出た。

もう、藤沢くんは私のことを嫌いになってしまったんじゃないか。


『・・・違うんだって。とにかく電話じゃ埒が明かないな。
30分後に昨日の喫茶店に来てくれない?そこでしっかり事情を話すから。』
「・・・・・・。」
嫌だ、と思った。行きたくない。行ったら私と藤沢くんは別れてしまう。

『俺、ちゃんと紗絵にわかってほしいんだ。だから来て。お願い。じゃあ30分後に。』

彼にお願いされたら、私は行くしかなかった。



とにかく服を着替えて、顔を洗った。
そしてすぐに家を出る。お母さんは「気をつけてね。」と言っただけだった。

喫茶店に向かう足は重い。歩きながら涙が出そうだった。
なんとか喫茶店についたのは40分経ったときだった。


「紗絵、こっち。」
藤沢くんが奥から手を振る。
私はゆっくりと近づくと、私の顔を見て藤沢くんは苦しそうな顔をした。
やっぱり、もう駄目なんだろうか。

「とにかく座って。」
私は藤沢くんの隣に座ると向かいの席に浅田さんと、
ちょっと怖い雰囲気の男の子がいることに気がついた。
男の子は腕を組む、無表情で私をちらっと見て藤沢くんを睨みつけた。浅田さんは苦笑している。

「えっと、俺が言うと信憑性がなくなりそうだから、美和ちゃんお願いします。」
藤沢くんの言葉に頷いて、浅田さんは私を見た。

「変な誤解をさせてごめんなさい。
私と藤沢君は貴女が思っているような関係じゃないよ。」
「・・え・・・」
私はちらりと藤沢くんを見た。藤沢くんは困った顔をして笑っている。

「本当にただの友達なの。この人とね、藤沢くんは親友でとっても仲が良いの。」
そう言って浅田さんは隣に座る男の子を指差した。
男の子は眉間に皺を寄せて、浅田さんを睨んだ。

「・・こんな奴親友じゃねぇよ。」
「ひ、ひどいよ俊彰!」
藤沢くんは身を乗り出す。

「・・・自分の彼女くらい一人で安心させられないのかよ。」
静かな言い方だったが、棘があるのは間違いなかった。
「・・・・め、面目ない・・。」

うなだれる藤沢くんを一瞥して、浅田さんは私を見た。
「それで、中学のとき私と藤沢君は仲良くなったの。
昔から三人でよく喫茶店で話してた仲ってだけ。だから何も心配する必要はないよ。」
私はきっぱりとそう言う浅田さんと隣の男の子を見た。

もしかしてこの二人って・・・


「ちなみに美和ちゃんと俊彰は付き合ってるんだ。」
私の心を読んだかのように藤沢くんが言う。
「ご、ごめんなさい!!」
私は二人に向かって頭を下げた。なんて二人に失礼なことをしたんだろう・・・!

「いいよ。気にしてないから。」
浅田さんは苦笑した。
私は恐る恐る男の子の方を見た。男の子は私を一瞥して、外を眺めた。
「・・・・別に怒ってない。」
実は良い人なのかな、と私はこっそり思った。

「昨日は・・・その、紗絵なんか最近変だっただろ?
だから不安になって美和ちゃんに相談してたんだ。
女の子の方が女の子の気持ちをよくわかると思って。」
藤沢くんは本当に申しわけなさそうな顔をしていた。


「・・・紛らわしいことして、ごめんなさい。」
頭を下げる彼に、私は自分はなんて馬鹿だろうと思った。

「ううん。私こそ、ごめんなさい。」









「あ〜、ホントごめんね。」
喫茶店から私は家まで送ってもらった。
藤沢くんは落ち込んだ顔をして、私と向き合う。

「私こそホントごめんね。なんか、他の女の子と態度が違ったからつい・・・。」
藤沢くんは少し考えた顔をして、口を開いた。
「・・・あ〜、美和ちゃんと俊彰はね幼馴染なんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」

「二人はなんていうかずっと微妙な関係で、不思議な雰囲気を持ってるんだよ。以心伝心みたいな。」
それはなんとなくわかる。

喫茶店でも香原くんは美和子ちゃん(仲良くなったのでそう呼ぶようになった)のことを
気遣っていて、美和子ちゃんも香原くんを気にかけていた。
言葉はほとんど交わしていないのに。

「それでさ、俺はあの二人をずっと見守ってて、二人を見てると温かい気持ちになるんだ。
二人とも俺の大切な人で、その二人が幸せそうで本当に嬉しいんだ。」
藤沢くんは嬉しそうに笑った。そうだ。彼は友達思いの良い人だった。

「うん・・・わかるよ、その気持ち。」
そう言うと、藤沢くんはほっとした表情をした。


「ホントよかった、誤解が解けた。ホント電話が繋がらないときは心臓止まるかと思ったよ。」
溜め息をつく藤沢くんが、なんだか可愛く見えた。

「・・・ねぇ、藤沢くん。」
「ん?」
「今でも、私のこと好き?」
藤沢くんはちょっと目を見開いてから、笑った。


「もちろん、好きだよ。」


私は嬉しくて、その気持ちを抑えられなくて。
彼の胸に跳びこんだ。


跳びこめ!







(好きって気持ちを伝えたい)





























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