「俺、先輩のことが好きです。」

一瞬、頭が真っ白になったが足の小指に感じた痛みで我に返った。
バックから手を放してしまったため、落ちてぶつかったのだ。
でも今はそんなことはどうでもいい。




いつもの練習だった。
都大会の近づく時期で、少し練習に力が入っているってくらいで特別でもない練習だった。
ただの土曜日の部活だった。それは確かだ。
そして問題もなく午後の部活も終了した。これも確かだ。


それで私はみんなが出て行って最後に道場を出て行こうかとそう思っていた。
そしたら大橋が近づいてきて、私の名を呼んだ。

「アキ先輩、」
「ん?なに?」

大橋は今高校二年で、私より一つ下だ。
体はがっちりしてきたけど身長も高いわけでもないし、
可愛らしい顔立ちをしているので女の子に見間違えられることも少なくない。
けれど中身はしっかりしていて今回の都大会の優勝候補だと期待している。




「俺、先輩のことが好きです。」

そう、その大橋だ。ベビーフェイスの可愛らしい大橋だ。
入部した時から可愛がっていて、出来の良い可愛い弟みたいだった。
犬っぽいかもしれない。いや、今それは関係ない。


そう、そんな大橋が、告白してきた、私に。


そう頭が理解するまで時間がかかった。その間大橋は真っ直ぐ私を見つめていた。

「・・・・・え、と・・・それは、ライクじゃなくて、ラブの方?」
自分でも思うけど、なんて間抜けた返答だろう。
でももしかしたら私の自惚れってこともあるかもしれないし。確認は取るべきだろう。

「そうです。」
「・・・・そう・・・ですか・・・。」
あまりに信じられないことすぎて、夢を見ているような気分だった。
「大橋は私のことが好き」という事実を上手く受け止められない。


「・・・返事は、いいです。」
「え?」
意外だった。普通告白というものは返事を欲しがるものだと思う。

「ど、どうして?」
「・・・先輩の気持ちはわかっています。」
再び頭が凍結。



何を言うんだろう、この子は。私の気持ちをわかっている?



「ただ気持ちを伝えたかっただけです。俺、都大会頑張るんで見ていてください。」
「・・・う、ん・・・・・。」
そう返事をしたら、大橋は小走りで道場を出て行ってしまった。
私は呆然とそれを見送った。動けなかったのだ。


私の気持ちを、わかっている?


ようやくその言葉を受け止めて、猛烈に腹が立った。

「・・・・亜季?何してんだ、お前よ〜、早く帰れよ。」
私が心の中に静かな怒りの炎を燃やしていると、気の抜けた声がした。
菊野 豊。我が剣道部の部長。去年は個人で全国優勝をした実力者だ。
今年が最後の大会になるため、優勝への思いは強い。

締まりのないへらへらした顔をして入ってきたが、
私の異変に気がついたのか一瞬眉を顰めたが何も言わずに忘れていたらしい手ぬぐいをとった。

「おい、いつまでそこにぽ〜っとつったんてんだよ、お前は。」
呆れたような声で言われても、私は動く気にはなれなかった。
そうしたら、菊野はその場に座って外を眺め始めた。


「・・・・帰れば?」
「・・・・・・・・・帰れば?」
口真似をされて、イラッとした。睨みつけてもそっぽを向かれたので意味がなかった。
きっと、私の気が済むのを待っていてくれているんだと思う。
こういう時だけ何も言わずに傍にいてくれるのはずるい。



大橋はきっと勘違いしている。
きっと、私は菊野のことがずっと昔から好きで、けれど怖くて告白してないと思っているに違いない。
けれどそれは大きな誤解だ。


「・・・ねぇ、菊野・・・」
「ん〜?」
いつもの適当な返事。変に口調を変えない、菊野の気遣い。

「私達知り合ってから何年だっけ?」
「・・・・そうだな、中一のときだから、もう丸五年か?今は六年目ってやつか。なげーな〜。」
苦笑する菊野に、私も倣った。











私がこいつへの気持ちに気がついたのは中三の夏。


菊野は全国の準決勝で負けた。見事な一本を取られ、完敗だった。
あの日のことは今も鮮明に覚えている。
負けた直後、私は観客席にいることが出来ずに菊野のもとへ走った。


『菊野!!』


菊野は強かった。
団体でうちの中学が負けてしまい、剣道部三年の願いはすべて菊野に託されていた。
菊野は強かった。
だから、私は心配だった。


会場から出てきた菊野はいつも通りだった。少なくとも表面上は。

『菊野・・・・』
『・・・・亜季、俺・・・負けちまったよ。』

そう言ってあいつは力なく笑った。

笑うならいつもみたいに笑ってよ。
女の子をたぶらかすときのようなあのへらへらした締まりのない笑顔をしてよ。
そうじゃなかったら笑わないで。そんな顔しないで。


私は大声で泣いた。菊野の分も、いっぱい泣いた。

剣道はあんなに強いくせに、なんでこいつはこんなに不器用なんだろう。
悔しかったって泣けばいいのに。誰も責めないのに。

決勝をやっている今、廊下は静まり返っていた。人もいない。
私の嗚咽だけが響いた。


『・・・亜季、』
あの時の声は、どんなときよりも優しかった。
けど、それがその時の私にはとても腹立たしかった。

『馬鹿・・・・菊野の、ばかぁ・・・』
あんなに人前で泣いたのは初めてだったかもしれない。
涙で前も見えない私を、菊野はそっと抱きしめた。

『・・・ごめん。』
なんでこういう時だけ真面目になるのよ。いつもみたいに茶化してよ。そうじゃなければ泣いてよ。

『なんで・・・あやまるのよぉ・・・』
『ごめん・・・』
『ばかぁ・・・』

顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いた。
そして、不器用なこの少年のことが愛しいと思った。











恥ずかしい思い出でもあるあの中三の夏。
でもあの時私は菊野が好きだと自覚した。

告白ならいつだって出来る。例えば今なんて絶好のチャンスだ。
でも、しない。
それはもし告白したら傍にいれないとか、この関係を崩したくないとかそういう理由じゃない。
確かにそれは怖いけど、なにより私は菊野の邪魔をしたくなかった。

私と菊野は信頼関係を築いていた。
だから自惚れではなく私は菊野の精神的なことを支えていた時もあるし、
お互いのことをわかっているから菊野の手伝いを存分に出来る。

菊野が引退する全国大会で日本一になったら、告白しよう。


そう二年前に誓った。
もし菊野が優勝しなかったら、この気持ちはそこらに捨てればいい。
それまでは菊野を助けたかった。


「ねー、菊野。」
「ん〜?」
「私さ、大橋に告白されちゃった。」
「・・・・へ〜。」
菊野は予想とは少し違い、興味深そうな返事をした。
てっきり興味なさそうにするかと思った。

私が不思議そうにしているのをわかったのか、菊野はにやりと笑った。
「いや、やっとあいつも踏ん切りついたのかと思ってさ。」
「・・・・知ってたの?」
「あぁ。」
即答されて、なんだか自分が馬鹿みたいだった。
菊野の口ぶりからしてずいぶん前からわかっていたらしい。


「・・・・でも、ちょっとむかついた。」
「は?なんで?」
今度は菊野が意外そうにした。私が大橋を可愛がっていたことはよく知っているから尚更だろう。

「だって・・・大橋ったら『先輩の気持ちはわかっています』なんて言うんだよ?絶対勘違いしてる。」
「え、じゃあ何お前大橋のこと好きなのか?」
こいつも何を勘違いしているんだろう。
もしかしてうちの部の男って女心がわからない奴らなのか?

「知らない。乙女心のわからない菊野には教えない。」
またイライラが戻ってきて、私は落ちたバックを拾って道場を出ようとした。
でも急に腕を掴まれて、またバックを落としてしまった。

「ちょっと、何よ」
「・・・・・大橋のこと、好きなのか?」
まだこだわるのかこいつは。

「・・・・・・どうだと思う?」
少し挑発するように言ったら、菊野はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。




「大橋なんかにお前はやらない。」




まるで人を射抜くような瞳に覗きこまれて、私は魔法にかかったみたいに目を離せなかった。


勘違い はいずれ 真実





(貴方はずるいから 貴方が好きと言っても 私は好きと言ってあげないよ)
































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