「・・・最近、お前ここに居すぎだぞ。」
眉間に皺を寄せた先生に、私はソファに座って膝をかかえるだけで無視した。

「河村、パンツ見えるぞ。」
「・・・・別に見えたっていいもん。」
「見せられる方の気持ちを考えろ。」
うざったそうな目で見られ、仕方なくちゃんと座ることにした。
いちいち勘にさわる言い方するなぁ。


「保健室は病人が来る場所でしょ?いいじゃない私が来ても。」
「どう見てもお前は健康体だろ。しかも放課後ばっかり来るとか意味わかんねぇぞ。」
先生は私を見ず、机でなにやら書いている。
灰色のジャージの背中は広かった。

「・・・ねー、先生ってなんでジャージなの?」
「楽だからだ。」
「・・・・・・でもさ、ルックスはいいんだからもうちょっと良い格好すればいいのに。」

絶対スーツとか似合うと思うよ。上下ともジャージとか今時体育教師しかいないって。
ボサボサの髪だってとかせば栗色がきっと艶やかになるはずだ。
それにもうちょっとやる気というか覇気を出せば、誰もが振り返る美形だよ。
なんか勿体無い。

「お前な、人のこと言う前に自分のことをどうにかしろ。」
「・・・・・・。」
何もかも見透かしたような台詞が憎い。なんか大人ってずるい感じ。
でも散々ファッションのことを言っているが、先生はこのままでいいと思う。
だってスーツとか着てかっこよくなっちゃったらこうやって放課後ゆっくりと話せないもの。


「・・・・ねー、先生。」
先生は応えない。けど、たぶん聞いてくれていると思う。
「私、どうすればいいのかなぁ・・・」
ふわりとカーテンが揺れる。
差し込んでくる光は橙色をしていて、もうそんな時間なのかと霞んだ頭の中で思った。



「・・・・お前さ・・・」
くるりと椅子を回転させ、先生が私を見る。
先生のジャージが橙色に染まっていく。ボサボサの髪がふわりと揺れ、栗色の澄んだ瞳が私を射抜く。


「・・・先生・・・?」
いつもの先生じゃなかった。

私の知らない、男の人みたいで金縛りにあったみたいにその瞳から目が離せない。


ガチャッ

「すいません、怪我人なんですけど・・・」
グラウンドに面した入り口から、二人の生徒が入ってきた。
「・・・あぁ、どうした。」
先生は私から視線を逸らせ、立ち上がって生徒達に近寄る。

金縛りが解けた私は、急に心臓がうるさくなった。
一体先生はどうしたんだろう。
ちらりと先生を見ると、入ってきた生徒と目が合った。

「・・・あ、」
「あれ、里佳ちゃん。」
「え、里佳?」
入ってきた生徒はマネの沙織ちゃんと彼氏の信吾だった。

「・・・あ、・・えっと・・・ど、どうかしたの?」
信吾は沙織ちゃんに支えられるように入ってきた。
「あー、もしかしたら捻挫かもしれねぇ。」
入り口近くにあるソファに座った信吾は苦い顔をした。
彼は陸上部だ。足でも捻ったらかなりの問題だ。

「転んだのか?」
先生は信吾の足を台に乗っける。
「あ、はい。」
「えっと・・・右足がすべって、横になってぶつかるみたいになったんです。そのとき体も一緒に倒れたんですけど・・」
沙織ちゃんは見ていたのか、詳しく話していた。
先生は頷きながら信吾の足を触っている。

「変なように曲がった感触はあったか?」
「・・・いえ、それはないです。」
「じゃあ打撲の可能性が高いな。湿布貼って一週間痛みがとれないようなら医者にいって診てもらえ。」
「はい。ありがとうございます。」

信吾が手当てを受けてもらっているときも、私は二人が気になって仕方なかった。
沙織ちゃんは寄り添うように信吾の傍にいて、私は信吾の姿を見れるけど傍にはいない。


まるで今の状況みたいじゃないか。


キーンコーンカーンコーン

下校時刻十五分前を知らせる鐘が鳴った。

「あ、お前片付けあるだろ?先行っていいぞ。」
「・・・・大丈夫?」
沙織ちゃんは心配そうに信吾を覗き込む。
「帰りはあいつに手伝ってもらう。」
視線を向けた先はもちろん私で、沙織ちゃんは何も映していないような瞳で私を見た。

「・・・・そっか。じゃあ先に行ってる。」
そう言って出て行って、私はほっとした。
この頃沙織ちゃんはああいう怖い目をする。
まぁ好きな人の彼女なんてむかつくんだろうな、と思う。仕方ないことだ。







「・・・いいぞ。」
「ありがとうございます。」
そう言って信吾が立ち上がったので、私は鞄を持って傍に行った。

「歩ける?」
「痛いけど、まぁまぁ歩ける。あいつが大げさなだけなんだよ。」
照れたように笑う信吾に、私の気持ちは暗くなった。
ねぇ、きっと私よりあの子の方が信吾にお似合いだよ。

「・・・じゃあ、一人で帰れるんじゃない?」
そう言った声は自分でも驚くほど凍っていた。
「・・・は?」
信吾は驚いた顔をする。私は黙って信吾を見た。


「おい、野宮ー。下校時刻なんだから、こいつ連れてさっさと帰れ。」
沈黙を破ったのは呑気な声をした先生だった。
私は驚いて振り返る。

「・・・・え、あ・・・はい。」
野宮、つまり信吾も驚きながら私の手を引いてグラウンドへ行く。
私は信吾を見ず、後ろを振り返って先生を見た。


先生はやる気なさそうな瞳で私を見ていた。
でも、その瞳は少しだけ切なげだった気がする。

なんでそんな余計なことしてくれたのよ。
このまま壊れてしまえばよかったのに。
それで先生とぼんやり放課後話せればいいのに。







「・・・なぁ、お前このごろ保健室にいたんだな。」
「え?」
部室から出てきた信吾は小さな声でそう言った。

「・・・ここ最近、放課後にお前いなかったじゃないか。」
一ヶ月くらい前までは信吾の部活が終わるのを待って、一緒に帰っていた。
そんなこと遠い昔の出来事のようだ。
「・・・あぁ、うん。」
ぎこちない会話。気持ちが悪くなってくる。


「・・・・・あの保健医のこと、好きなのかよ。」
「え?」
信吾の真剣な横顔。

「な、何言ってるの?」
声が震える。全身が震える。

「だってそうじゃねぇのかよ?!彼氏よりもあいつの所に行ってるじゃねぇか!!」
初めて信吾の怒鳴った声を聞いた。
でもそれを聞いて、私の中にも何かのスイッチが押された。

「あ・・・あんたが・・・あんたが先に裏切ったんでしょ?!!
私、見てたんだから!!あんたと沙織ちゃんが・・・」
思い出すだけでも気持ち悪くて、それから先は言えなかった。
信吾の顔から血の気が引いている。

「あれは違うんだよ・・・沙織が諦めるからって・・・」
「だからキスしたの?・・・だからってあんなに綺麗に抱き合うものなの?」
「っ!」
信吾が顔を歪めた。

体は震えるのに、涙も出なかった。
何の言ってこない信吾が、腹立たしかっただけなのかもしれない。



「・・・私、もう・・・疲れたよ。」

私達は、もうだめだ。














震えた手でドアが上手く開けられない。
立っていることが辛い。吐き気がする。
やっとドアを開けて、中に駆け込むとゆっくりと先生がこちらへ来た。
私は力が抜けて、俯いた。走ったから息が荒い。


「・・・・・お前さ、馬鹿だろ。」
低い声が私に近づいてくる。
「・・・・・。」
先生は今どんな顔をしてるんだろう。

「・・・・先生・・・」
先生は何も言わない。でもきっと私を静かに見てくれている。

それだけでも、本当に嬉しかったんだ。

信吾が沙織ちゃんことを気にするようになって、私を真っ直ぐ見てくれてない気がしてた。
だけど先生は私は小さな言葉でも、真っ直ぐに受けとめてくれたから。
つまらない、適当な話をしたこの一ヶ月は嫌になる学校生活を支えてくれた。



「抱きついても・・・いいですか?」

「俺は誰の代わりにもならないぞ。」

「何言ってんの・・・先生は先生じゃない・・・」
そう言っていたら涙が出た。



こんな気持ちは嘘だといわれるかもしれないけど、少なくとも今の私はこの気持ちを信じてる。



「あんな奴なんか・・・愛想つかしちゃったよ。」
肩が震えて、涙が床に落ちた。
ホント先生の言う通り、私って馬鹿だ。

シャッとカーテンを閉める音がした。
「・・・・河村、」
「・・・・・もう、いいよ。・・・もう、」


もう、なにもかも、どうでもいいよ。


そう言おうとした時、先生に力一杯抱きしめられた。

ひと息に抱きしめて







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