昔は少し高かった俊彰の声。

今はとても低い。

でも今も昔も声を聞いて安心する。












声   前編












日曜日、ばったりと道で会った。
「美和じゃん?!久しぶり〜!」
茶髪にいまいち合ってない化粧。きつい香水。派手な服。
私は心の中で顔を歪めた。

「・・・・久しぶり。」
中学校の同級生の高田真実。
中学時代もギャル系だとか言って化粧をし、染めていた。
俊彰目当てで私と友達になり(私はそう思っていない)、俊彰のことばっかり聞いてくる。

「ねぇ〜、香原くん元気?」
その粘着質のような鈍い口調をどうにかしてほしかったが、善人な私は答えた。
「別に、昔と一緒。」
中学は市立で近所の人が集まっているので中学時代の同級生と会ってもおかしくない。
わかっているがやはりこういう嫌な記憶を掘りおこすような人物とは避けたい。

「・・・・私、用事あるから。」
一人で喋り続けている高田の言葉を遮って言うとあ、そっかぁーと言って笑った。
「もしかして、香原くんとデェト〜?」
「違うわ。」
その気持ち悪い笑顔をどうにかしてくれないか。
「じゃあ、バイバイ。」
早くこいつから離れたい一心でそう言って強引に別れた。


それで終わりだと思った。
もう会うことはないだろう、と。






「あ、香原く〜ん!」
数日後の放課後、彼女は何故か私の学校の校門に立って手を振っていた。
なんで私と俊彰の高校を知っているんだ。俊彰は無言で彼女を見ていた。
高田真実はこちらに来て俊彰の腕に自分の腕を絡め、べたべたした話し方で何か言っている。
香水の匂いが相変わらずきつい。

あぁ、もう、あんたなんかが俊彰に触らないでよ。




――――――え?




私、今なんて思った?

「ね〜、美和も一緒に帰らないのぉ?」
停止していた私の思考が彼女の声で現実に引き戻される。
今日私が珍しく俊彰と一緒に帰っている理由はうちで鍋をやるのでお母さんが俊彰とおばさんを誘ったからだ。
この調子になると彼女まで一緒に鍋を食べなくてはいけない。
そんなのお断りだ。

「ううん。いいよ。私ちょっと忘れ物してるから二人で帰ってて。」
私はちらりと俊彰を見た。俊彰は私を見て、頷いた。
アイコンタクトも出来たので、私は早足で校舎に戻った。
一度も振り返らずに。

「あれ、浅田じゃん。香原くんと一緒に帰ったんじゃないの?」
「あー、ちょっとあって。」
下駄箱で偶然森川と会った。私が熱で倒れた以来、森川とは仲良くしているのだ。
「ふぅん。ホント、なんかあったみたいね。だっていつもの余裕のある顔じゃないもん。」
「え・・・あ、そう・・・・。」
私は溜め息をついた。額に手を当てた。






『あぁ、もう、あんたなんかが俊彰に触らないでよ。』


こんなこと思うの初めてだ。
森川が俊彰を狙っているといったときもそんなこと思わなかったのに。
なんでだろう。意味がわからない。



―――――私は高田真実に嫉妬してる?



まさか、そんなことあるはずない。

というか「俊彰なんかに触らないで」ってなんで私がそんなこと思えるのよ。
別に付き合ってるわけでもないのに。俊彰は私のものでもないのに。

なんかおかしいよ、私。

「美和子」
「・・・へ?」
ぐつぐつと煮えている音がする。お母さんたちの喋り声が聞こえる。とても温かい。
ああ、そういえば私家で俊彰たちと一緒にお鍋してるんだっけ?
横を見上げると俊彰がいつも通りの顔をして白菜を食べていた。

「・・・あぁ、ごめん、なに?」
あんなマヌケな返事するなんて恥ずかしい。
ぼんやりしてるなぁ。
私の言葉に俊彰は少し眉を寄せただけでなにも言わなかった。
手元を見ると私は箸を握ったまま、一口も鍋を食べていなかった。
あぁ、だから声をかけてくれたのか。

「ごめんね。なんかぼーとしちゃってた。」
私は急いで野菜や肉を取る。俊彰はなんだか不機嫌そうだった。
「・・・・高田さんとなにかあったの?」
「別に。」
やっぱりなんか不機嫌そう。
なんだか今、俊彰が不機嫌そうなことが妙に不安になってくる。
本当に私、なんだかおかしいよ。

どうしたらいいんだろう?
そんなことを思ったとき、まるで太陽みたいに明るいある人物が脳内に浮かんだ。













一週間前、思わぬ人からメールが来た。
美和ちゃんだ。
あの子が自らメールをしてくるなんて何事かと思ったら、どうやらなにか話したいことがあるそうだ。
そんなわけで俺たちは都合が合う今日、馴染みのある喫茶店にいる。

「で、話ってなに?」
ストレートに聞くと美和ちゃんは少し躊躇うような表情をしながら、小声で言った。
「・・・・なんか、おかしいの。」
「・・・・何が?」
いつも俊彰のように動揺を見せたことのない美和ちゃんが、今日はとても戸惑っているように見えた。
「・・・私・・・と・・・俊彰・・・」
美和ちゃんは俯きながら、ポツリポツリと喋った。


高田真実という中学の同級生が急に現れて、俊彰にベタベタしているらしい。
そういえば昔も粘着質な奴だとなんとなく思っていたのを思い出したが、顔まではよく覚えていなかった。
とにかくそいつが俊彰にベタベタするたびに嫉妬みたいな感情が湧き上がるらしい。
俊彰も俊彰で毎日迎えにくる高田を拒むことはないらしい。普通に一緒に帰っているようだ。

そして怪訝に思うのはこのごろ俊彰が不機嫌らしい。
たぶん美和ちゃんや俺くらいしかわからないと思われるが、なんだか不機嫌らしい。
その原因が高田なのか、いまいちよくわからず、高田にヤキモチをやいているみたいだから俊彰とどう距離をとっていいかわからないそうだ。


「・・・それって普通に恋なんじゃないの?」
二人は恋人以上の信頼関係を持っているが、恋人ではないという奇妙な関係だ。
急に恋をしていることを自覚することだってありえないし、むしろ俺はくっついて同然だと思っている。
「・・・・恋・・・なのかな・・・」
が、当人は自覚がないらしい。

「いや、そういう気持ちって恋だと思うよ。」
「やっぱりそうだよね?・・・・・困ったなぁ・・・。」
はぁ、と重く深い溜め息をつく。顔はどんどん暗くなっていく。
「なんで困るの?告白すれば俊彰は絶対OKしてくれると思うけど。」
どうみたって二人は相思相愛の仲だ。
それにお互いをしっかり信頼し合っているし、なにも問題ない気がする。

「俊彰にとって私って妹的存在な気がするんだよね。なんていうか・・・恋愛対象じゃないんだよ。
そりゃ大切にしてもらってるけど・・・・あっちが恋愛感情抱いているなんて思えない。
それに・・・・今の関係が崩れるのがすごい怖い・・・・。」
とても弱気な美和ちゃんを見て、俺は新鮮な気分になった。
俺の美和ちゃん像が崩れた、とでもいうのだろうか。嫌いになったわけではない。
俺は彼女を完璧だと見すぎていたのだ。

そう思うと、自然と口元に笑みが出来た。
「美和ちゃんて、結構弱気なんだね。」
「・・・え?」
美和ちゃんは少し驚いたように俺を見た。

「相手がどう思ってるなんて相手にしかわからないんだから、言ってみなきゃ始まらないよ。
そりゃ不安に思うだろうけどさ、ずっどこうやってグチグチ考えてるより絶対言ったほうがいいよ。
振られたら俺が慰めてあげるから、言ってみなよ。大丈夫だから。」
美和ちゃんは大きく目を見開き、そしてふっと細めた。

「うん、ありがとう藤沢君。」
微笑した彼女はとても綺麗だった。













藤沢君に相談して、私は心がすっきりした。
わたしはいつも怯えていた。いつまで俊彰の傍にいられるか。
いつか俊彰が私の前からいなくなってしまわないか。
だから、高田真実と一緒にいる俊彰を見るのが嫌だった。
俊彰がどこかに行ってしまう気がして。


が、いざ告白すると言っても私は告白したことなどない。
藤沢君に相談して一週間。
私はどう告白すればいいか困っていた。


ぼんやりと学校へ行く道を歩く。
歩みはゆっくり。この調子じゃ遅刻するかもしれないと思考の端で思っても、やはり考えに没頭する。

手紙で告白・・・って今更手紙を渡すなんて恥ずかしいな。
呼び出す?・・・・なんかぴんとこない。
やっぱり面と向かって言えばいいけど、どこで言おうか。
帰り道が一番いい。学校から私と俊彰の家までは電車を使わないで徒歩20分ほどでいける。
歩きで学校にくる生徒は少ないため、いつも二人きりだ。
このごろは・・・・高田真実と一緒に帰っているから無理だけど。

ともかく高田真実をどうにかしなければ。裏門を使うとか・・・。
どう帰りを誘う?
いつも事前におばさんから言われているから夕飯をうちで食べるから、という嘘は不可能。
ただ、一緒に帰ろう?違和感ありすぎだよなー。

「美和。」
ぐるぐる回る考えをやめにして顔を上げると、うちの学校の校門に高田真実がいた。





HRの鐘が聞こえる。あぁ、遅刻だ。
「で、どうしたの?」
彼女はあまり喋らないまま私を旧体育倉庫前に連れてきた。
校舎とは少し離れていて、一昨年作られた新しい体育倉庫の裏なので人目につきにくい。
いい印象を受ける場所ではない。

「・・・・美和は、香原くんのこと・・・好き?」
ぶりっこの仕草が気持ち悪いのですが。
「・・・・・・なんでそんなこと聞くか意味がわからない。」
「だからぁ、好き?香原くんのこと。」
好きだよ。
と、この女に言うつもりは米粒ほどもない。

「嫌いって言ったらどうなのよ。」
「どうとも思ってないの?!じゃあ真実にきょーりょくして!」
「は?」
急に掴まれた手首を振り払いたくて仕方ない。
しかし彼女は満面の笑みだった。


次の瞬間、私はすごい力で突き飛ばされた。


コンクリートで摩ったお尻が痛い。尻餅をついた私は彼女を見上げた。
「・・・なんのつもりよ。」
「意外と余裕なんだね〜。」
彼女は旧体育倉庫の外。私は中。
「昼休みにね、香原くんをよく思ってない男子生徒が香原くんをイジメにいくんだー。美和を人質にしてね。」
まるで今日のランチを考えているOLのようだった。
私はわけがわからず何もいえなかった。

「いくら香原くんでも十数人相手で、人質がいたら勝ち目ないでしょ?
ボロボロになった香原くんを私がかばって、男子生徒を追い返すの。
それで言うの。美和は私が助けたから大丈夫ってね。ね、かっこいいでしょ?最高のシナリオじゃない?」
私は脳内がフリーズした。こいつ何を言ってるんだ。

「香原くんも私に惚れると思わない?あんたなんて弱いだけじゃない。」
「可哀相ね。」
「なんですって?!」
彼女は眉を吊り上げて食いかかってきた。
「悲しい人。そんな猿芝居しなくちゃ人の気をひけないの?どうせ俊彰に無視されまくってるんでしょ。」
「っ・・うるさいわね!!」

パンッと結構派手な音が体育倉庫に響いた。

左の頬がヒリヒリする。
「図星だったからすぐ暴力?最悪ね。」
軽蔑した目で見てやると、彼女は顔を真っ赤にして私の腹を蹴り上げた。
女にしてはなかなかのトーキックだなと呑気がことを思っている暇はなかった。
腰を思いっきりコンクリートの床に打ち付けてしまった。

「私にそんな口聞いたこと後悔するのね。」
ガシャンと重い鉄の扉が閉まった。もう日は上がっているというのに体育倉庫は真っ暗になった。



はぁ・・・
深い溜め息を吐いた。

鞄は突き飛ばされて倉庫に入れられたときに手を放してしまったから、きっと彼女に取り上げられた。
携帯は鞄の中なので、よって連絡手段はなし。
倉庫から脱出したいところだが錆びた鉄の扉。いくらボロイとはいえ壁を壊せるわけない。
窓は私の身長よりも一メートルほど高い小さな窓。
つまり逃げられない。
おまけに蹴られたお腹は痛いし、打った腰と叩かれた頬はヒリヒリする。

「困ったな・・・」
ぼんやりと遠い窓を見る。
倉庫はほとんど空っぽだが、少しは汚い用具が残っていた。
踏み台になるものはないか立ち上がる。
腰が悲鳴をあげるが構わず見回す。

私のふくらはぎほどしかない木製の棚を見つけた。
が、かなり腐敗しているので私の体重に耐えられるか微妙なところだし、これに乗って窓に届くとは思えない。
棒高跳び用の長い棒。これくらいしか使えるものがない。
よくは見えないが窓は閉まっている。窓ガラスを割る音で誰か気がつくかもしれない。
私は棒を投げてみるが、肩の力が弱いため全く窓に届かない。
腰の痛みも増す。溜め息をついて、へたりこんだ。


あんな馬鹿げたシナリオに俊彰がのせられるかはわからないけど、こんなところに閉じ込められているわけにはいかない。
なんとしてもあの女を止めなくては。




『あんたなんて弱いだけじゃない。』



私は、弱くない。
私は、王子様の助けを待つようなひ弱な姫じゃないのよ。

私は決意を新たにして、窓をにらみつけた。
























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