『こんばんは。』

柔らかいのに、どこか芯の通っていそうなそんな声。
それは間違えなく男の声であって、俺は眩暈を感じた。










恋人達のその後












「はぁ・・・」
衣里さんをベットの上へ寝かせ、俺は深く息を吐いた。
お世辞でも軽いとは言えなかった。酔った人間とはここまで重いものなのか。
肩を回し、そこらにあったコップで水を飲んだ。
諸悪の根源でもある人物は、顔を赤らめて気持ち良さそうに眠っている。




衣里さんの家に教科書を忘れたことを思い出し、携帯に電話をしたのは11時のこと。
別にメールでもよかったのだが、少し声が聞きたいという下心があって電話したのに、出たのは男。
俺の全身は急に重力が増したように重く、硬くなった。
浮気なんて出来る人じゃないってわかっていても、やはりいつも不安はあったから。

もしかしてその時が来たのかもしれないと思って身を引き締めて行った。
けれど迎えたのは本当に酔っ払ってる衣里さんと、それを支える爽やかな笑みが似合う衣里さんより年上の男だった。
松本陸と名乗るその男はどうやら衣里さんの従兄弟で、今日はたまたま飲んでいたらしい。
おせっかいなことに衣里さんが俺の愚痴を言っていたなんてことも報告してくれた。

なんだか「大人の余裕」を見せ付けられてた気がして悔しい。
衣里さんを支えたり、大人な雰囲気を持ったりするのは、俺よりも彼の方が断然似合っていたのだ。

羨望に似た嫉妬の感情。

久しぶりにこんな気持ちになる。




「んん・・・あれー、りっちゃんはぁ?」
「衣里さん、」
まだ寝ぼけているのかとろんとした半眼で、衣里さんは部屋を見回す。
「あれぇ、利麻じゃーん。ていうーか私の部屋になんで私と利麻がいるの〜?」
相当飲んだらしい。呂律は回っていないし、全ての行動がスローになっている。

「衣里さんが酔っ払ったから俺が迎えに行ったんです。」
言葉の一つ一つをはっきりと発音して衣里さんに言い聞かせるようにして言う。
「・・・ふぅん。で、りっちゃんはぁ?」
あまり理解していなそうな返事だった。衣里さんはまた部屋を見回す。
「衣里さんを俺に渡して帰りました。」
「えぇー、かえっちゃったのぉー。つまんなーい。」
まるで不満をもらす子供のようにベットに再び寝転んで、ごろごろと転がる。
完全に酔っ払いだ。頭痛がしてきた。

「りっちゃんに会いたいなぁ。」
二言目にはりっちゃん、りっちゃん・・・・ここまで運んだ彼氏の俺はなんなんだ?!
「あ、電話してみればいっかー。」
衣里さんはベットの横に置いてあるバックをあさり、携帯をいじり始める。
俺のことは全く無視。


プツン、と堪忍袋の緒が切れた。


「りっちゃん出るかな・・・・きゃっ!!!」
俺は衣里さんの手から携帯を奪い取り、電源を消して放り投げる。
「ちょっとー、利麻なにしてんのよ〜。」
「ここまで運んであげた俺は無視?」
俺の冷たい声に衣里さんは怪訝そうな顔をした。

「何・・・怒ってるの〜?」
不安そうに俺の頭を撫でる。手を振り払うことは出来なかった。
「・・・・・衣里さん、陸って人に愚痴ったらしいじゃん。俺ってそんなに不満?」
衣里さんはびくっと体を反応させ、俺の頭から手を放して俯いた。
「なに、はっきりしてくれないと俺もわかんないんだけど!!」
もうよくわからず久しぶりにこんなにもイライラしている。
もう帰って頭を冷やした方がいいと思って玄関に向かおうとすると嗚咽が聞こえて驚いて振り返った。

「利麻のバカ・・・あんたはいっつも余裕でさ、私のこと頼らないし・・・私ばっかり助けてもらってるから・・・頼られたいんだよ、バカ!!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら衣里さんは言った。
一瞬呆然としてしまったが、なんだか衣里さんらしいなぁと思って自然と笑みが零れた。

「衣里さん、」
「なによ〜。」
そっと優しく衣里さんを抱きしめる。酒臭いことは気にしないことにしよう。
「俺はこれでも衣里さんに甘えてる方なんだけど?」
「もっと甘えろ〜、あほー、ばかー」

わんわん泣いて、衣里さんの文句に俺はいちいち弁解した。
嗚咽が寝息になったので、布団をかけて寝かせてやる。
抱きしめたり、ちょっと修羅場っぽくなったのにこうも呑気に寝ている彼女に呆れながらも「衣里さんらしい」と言える。

ムードもなく、俺は帰ることにした。
俺だっていつまでも俺を子供扱いする衣里さんに不満を持っている。
けれどそういう「衣里さんらしい」ところが好きになったんだなぁ。 そうぼんやり思いながら月の浮かぶ空を眺めながら歩いた。






























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