恋人達の気持ち









「一年ぶりくらい?・・・なんか懐かしい感じだね。」
私は高校の同級生と久しぶりに会うことになり、昼下がりのカフェでのんびりとお茶をしていた。
「お前は相変わらずだな。」
「田口?それどういう風にとればいいのかな?」
じろりと睨むと田口は苦笑いをして返した。

「でも、衣里ちゃん綺麗になったよ?」
田口とのやり取りをくすくすと笑いながら見る千重ちゃんは可愛らしかった。
どんなに頑張っても私は千重ちゃんみたいに可愛らしくなれない。
春に似合う淡いピンク色のカーディガンが守ってあげたい感を出している。
田口め、よりにもよって箱入り娘な千重ちゃんをさらいやがって。

「ありがとう、お世辞でも千重ちゃんに言われると嬉しいよ。」
千重ちゃんのほんわかした笑顔に私の心も柔らかくなった。
「千重、お世辞でもこいつは調子に乗るからやめた方がいいぞ。」
むかついたので机の下で田口の足を思いっきり蹴ってやった。

無言で悶える田口に、千重ちゃんは首を傾げた。
「千重ちゃん、気にしないで。こいつがおかしいことは今に始まったことじゃないでしょ?
こいつに愛想つきたらいつでもいらっしゃい。」
にっこりと笑い返すと、恨みがましい目で田口が見てきた。もちろん無視。

「ありがとう千重ちゃん。ヒロが嫌になったとき遊びに行ってもいい?」
「もちろんよ。千重ちゃんなら大歓迎。時々痛い目見せなきゃ駄目なんだからさ。」
「千重・・・」
二人で微笑み合うと、田口が不満げな顔をした。

「ふふ、冗談よ。」
そう可愛らしく笑う千重ちゃんは、言外に「ヒロに愛想なんかつかさない」と言っているようなものだ。
あぁ、なんて可愛らしい。憧れるなぁ。きっと自分がやったら気持ち悪いからだ。



「ちょっとお手洗い行ってくるね。」
「うん。」
席を立った千重ちゃんを見送って、私はアイスココアを飲んだ。

「・・・どうよ、最近。」
ストローでココアをかき混ぜながら言った。
「前と変わらないぜ。つまりは悪くないってことだ。」
田口がふっと零した笑いは、幸せそうなものだった。

「よかったね。・・・千重ちゃん泣かしたら拳じゃ収まらないけど。」
にやりと笑ってみると、田口は気分悪そうな顔をした。
それから顔を見合わせて笑った。
私は結構男前な性格なため女の子から頼りにされ、男とも気が合った。
田口は気の合う男友達で軽口を言い合うのが楽しいし、気をつかわなくて楽だ。

二階から見下ろす春の街はなんだか温かで、ぼんやりと見ていた。
真新しい制服を着た高校生たちが歩いている。なんだか昔の私達を思い出した。

「お前はどうよ。高校から付き合ってた年下くん。まだ続いてるのか?」
「うん、なんだか続いちゃってるよ。でもあっち高校一年だよ?変な気分。」
苦笑しかできなかった。なんだかこのごろ微妙で、幸せとかそういう気持ちになれないのだ。
見下ろす歩道には利麻の通っている高校の制服も見えた。


まだ高校に入ったばかりの利麻だが、あの落ち着きっぷりは健在である。
部活にすごく取り組もうってわけでもなさそうだし、学校自体楽しんでいるんだかさっぱりだ。
けれどまだ板についてないブレザーと綺麗な学生鞄を見て、環境が違うよなぁとしみじみ思った。


「・・・まだ気になってんのか?年の差。」
田口が私の表情に苦笑気味に言う。
私が高校のときも年の差を気にしていて、時たま田口に愚痴をこぼしていた。
田口は男友達であり、相談相手でもあるのだ。

「そりゃあさ、高校に上がってくれたのはいいけど・・・私今年で二十だしねー。」
「お前ってそういうとこ女っぽいよな〜。」
「ねぇ、その言葉は私に殴られたいってこと?」
「イイエ、滅相モナイ。」
田口がおどけたように言うが、私がむすっとしているのですぐに表情を戻した。

「あー、千重ちゃんみたいに可愛かったら同い年も私に振り向いてくれるかな?」
「浮気宣言かよ。」
田口はコーヒーをすすりながら突っ込む。
「お前は可愛いってキャラじゃねぇだろ。」
「はいはい、そのことは一番自覚してますー。」
利麻に甘えるとか、そうじゃなくても男に甘えるとか私には到底できない。
たぶんプライドが高いってこともあるし、
筋力も頭もそこそこあるから手伝ってもらうほど無力でもないと自負しているからだろう。

「いや、そうじゃなくてお前は綺麗とか、美人のタイプだよ。現に綺麗だし。」
真顔で言う田口に、私は一瞬フリーズした。
「・・・・田口、あまりに馬鹿すぎて大馬鹿なこと言ってしまった?今なら記憶から消去してあげるよ?」
私も真顔で言うと、田口の顔がひきつった。

「おまえなー、俺が珍しく褒めてやってるんだから素直に受け止めろよ。」
「いや、そう言われても免疫ないし。」
少し恥ずかしくなったから窓の外を見ることにした。
男に、それも同年代の異性に綺麗と言われるのは誰だって嬉しい。

「まぁ・・・ひそかにお前のこと好きな奴は数人いたんだぞ?」
「え、マジで?!告白しろよー。」
私がそう言うと、田口は笑った。私もつられて笑う。

「そうと言いながら今まで付き合ってるってことはその年下くんのこと好きなんだろ?」
にやりと笑いながら核心をつく田口を、恨めしい目で見る。
「・・・まぁ、ね。」
大人ぶった態度も、時折見せる年相応の顔も、
もう全てが気に入っていて、大好きだということは一応自覚している。
けど・・・・


「自信持てよ。別にお前は顔も性格も不細工なわけじゃないし。」
「・・・・ありがとう。」
こう田口に励ましてもらうと、少し頑張れる気がした。
ふと窓の外に視線を戻すと、見覚えのある姿を見つけた。

「っ!!・・・利麻・・・」
思わず体の向きを変えてみてしまった。
「あれ、衣里ちゃんどうしたの?」
「例の年下くんを見つけたらしいぞ。」
帰ってきた千重ちゃんの声も、面白がっている田口の声も遠く聞こえるような気がした。



高校になって少し明るく染めた、ナチュラルブラウンの髪。
そして横顔はいつもの無表情だった。
なのに、隣には・・・・



「・・・・衣里ちゃん?」
千重ちゃんの心配そうな声が聞こえて、私は思わず席を立った。 もう耐えられない。
いつかこうなると思っていたんだ。
でも、その「いつか」はあと少し先であると思っていた。願っていた。
長いようで、早かった。


「ごめん・・・私、帰るね。」
泣きそうになる衝動をなんとか抑えて、私は二人に短くまた会う約束をしてカフェを出て行った。
頭をくらくらさせながらカフェを出ると、もう歩道には利麻がいなくてほっと息を吐いた。
それから涙が浮かんできて、必死で飲み込みながら家へ早足で帰った。









付き合い始めた時から思っていた。
いつか私みたいな年上よりか、同級生の気の合う女の子を選んじゃうって。


『衣里さん、約束覚えてるよね?』


でもそう不敵に笑った利麻だったけど目は真剣で、私は吸い込まれてしまって頷くしかなかった。
これから自分が辛くなるとわかっていながら、あの瞬間利麻に恋してしまったんだ。



「・・・ただの馬鹿じゃん、私。」
自嘲気味に笑っても、虚しいだけだった。
ベットで寝転んでいると、インターホンが鳴った。
私はそれを無視して枕を抱きしめた。

相手はわかっている。利麻だ。
もう二週間も連絡をとってないのだ。
忙しいときは一週間くらい連絡をとらないこともあったけど、さすがに異常を感じる。
利麻の番号とアドレスは着信拒否にしてあるから、それも変に思ったんだろう。


トントン、

「衣里さん、いるんでしょ?」

できれば、会わないで別れたかった。









久しぶりに会った利麻は、なんだか知らない人みたいに感じた。
細身だが、身長も高くてしっかりしている。
綺麗な顔は怖いほど無表情で、茶色の髪がふわりと揺れた。

「・・・なんで最近俺を避けてんの?」
不機嫌な声に、私は静かに答えた。
「・・・・・自分に聞いてみたら?」
利麻の瞳に怒りが走ったのが見えた。

自然消滅が一番いいと思っていたのに・・・言いにくいなら、私から言おう。

「ねぇ、利麻・・・私達別れよう。」
「・・・・・・それ、本気?」
据わった目で私を見下す利麻に、少し怖くなったが頷いた。

「どうして?なんか俺悪いことした?」
私は怒りを通り越して、泣きたくなった。
脳裏には二週間前に見た利麻と今風の女の子が並んで歩いている映像が巻き戻されは再生している。

「私・・なんかより、同級生の可愛い子の方がいいんでしょ?」
声が少し震えた。もう利麻の顔が見れなくて、俯いて自分の裸足を見る。
「ずっと前から言ってるけど、俺はそこらの女より衣里さんがいいんだ。」
「嘘つかないで。女の子と歩いてたくせに。」
「っ!」
利麻の息を飲む音が聞こえた。ほら、正解。


「・・・・衣里さん、一週間前何の日だったか覚えてる?」
「・・・え?」
私は意味不明な言葉に思わず顔を上げた。
少し照れくさそうにした利麻がこちらを見ていた。
「左腕、出して。」
わけもわからないまま素直に腕を出すと、利麻はポケットから何かを取り出した。

「誤解させるようなことさせてごめん。一週間前、俺たちが付き合って三年目の日。
プレゼント悩んでたらクラスメイトのブレスレットが目に入ったんだ。
すごく衣里さんに似合うと思って・・・買った店に案内してもらったんだ。それだけ。」
かちり、とブレスレットがはまる音がした。

地中海のような深く、けれど透き通ったブルーの硝子が綺麗にカットされている。
ブレスレットは、白熱灯にキラキラと反射されている。
「・・・・別れる、なんて・・・言わないで。」
か細い利麻の声を聞いて、私は涙を流した。
















「・・・・あったわね、そんなこと。」
私の声は勝手に低くなった。
もうとっくに消えた痛みだが、笑える思い出にはまだ変わっていない。

「俺としては衣里さんが初めて嫉妬してくれたっていう記念すべき日になってるけど。あの時は感動したな。」
満足したような顔でブラックコーヒーを飲む美青年を思いっきり睨んだが効果はなかった。
「あんたってあれからどんどん生意気になったわよね?私に愛の言葉一つ吐かずにさ。」
ミルクティーをぐいっと一気に飲んだ。

「そういう風にがぶ飲みするの止めた方がいいよ?」
「いいのー。はなっから可愛い女なんかになるつもりないもの。」
ふと千重ちゃんのことを思い出した。
可愛らしい彼女は新妻となった。母親になる予定もたってくるだろう。
もちろん相手は言うまでもない。


「今年の記念日は何が欲しい?」
「・・・そうねー・・・愛の言葉?」

私の左腕のブレスレットが、シャラッと涼しげな音をたてた。
















(貴方が言えば 私も笑って返すわ 愛している と)




















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