あの手を繋いだ感覚は、今でも覚えている。
























寒さもピークに達してきた2月上旬。
私は白い息を吐きながら予鈴ギリギリで校門をくぐり、下駄箱で靴を履き替えようとしていた。
木でできた1C−2というシールの貼られた下駄箱を開け、上靴をとった時一緒に何かが落ちてきた。
拾い上げると、淡い青色の封筒の表に「浅田 美和子様」と丁寧な字で書かれている。



・・・・これは俗にいうラブレターというやつ?



ふとそんな考えが頭をよぎった時、予鈴が聞こえた。
ここまできて遅刻などしたら馬鹿らしい。
コートのポケットに封筒を入れ、靴を履き替えて教室へ向かった。

ラブレターと思うのは自意識過剰かもしれない。
呪いの手紙とか、イジメの呼び出しの可能性の方が遥かに高い。
・・・・ともかく読んでみなくてはわからない。

教室に入り、席に着く。担任の緒形が存在感なく入ってくる。
変わらず騒がしいため、みんな緒形に気付いているかも怪しい。
本鈴が鳴ると生徒が駆け込んでくる。
だが駆け込みなどせず、むしろゆっくりした足取りで席についた一人の生徒がいた。
彼の隣席の生徒はちょっと怯えた顔をしている。
が、彼はクラスメイトの視線も気にする風もなく無表情で座っている。


香原俊彰。
数ヶ月前の暴力沙汰で学年では少し有名な不良とされている。
本人の行動はまったく不良ではないのだが、いつも無表情で喋らないし、喧嘩も強いのでそう思われてしまっているのだ。
そんな彼は私の幼馴染。
加えて言えば両思いという仲であるので一応「彼氏と彼女」と呼ぶべきなんだろうか。

お互いの気持ちを確認し合った。それは一応した。
が、恋人同士らしいことは一切していないため、彼氏と呼ぶのも微妙だ。
二人の間で変わったことは特にない。
時々一緒に帰ることは前もあったし、デートなんてものもしない。
せいぜいお互いの部屋に遊びに行く程度だ。それなら以前もやっていた。
手を握ることも昔からしていたし、特別優しくなったわけでもない。

それが不満というわけでもないし、むしろそんなことする俊彰は変な気がする。
だから思いが通じたが、私達は変わっていなかった。




朝のHRが終わり、森川が私の席に来る。
「おはよう、浅田。・・・なに、その手紙。」
私が例の封筒を持っているのを見て、森川は不思議そうな顔をした。

「朝、下駄箱を開けたら入ってた。」
裏を見たが、何も書かれていなかった。
「・・・・もしやラブレターってやつ?」
やはり思いつくことは同じか。けれど私に告白するような奇怪な人物が学校にいるとは考えにくい。

「カッターでも入ってなければいいんだけど。」
「うわ、嫌な冗談。」
森川はおどけたように笑う。私は少しドキドキしながら封筒を開く。
封筒の中身は一枚の手紙だった。





『入学してから、ずっと貴女のことが好きでした。
もしも会ってくれるなら、2月14日の放課後に旧体育倉庫の前に来てください。
待っています。
                  1−B  中村 亮介』





「うっわー、ビンゴ?」
手紙を覗き見た森川は、にやにやと笑ってそう言った。
私は数秒間驚きに思考を取られていたが、復活して口を開いた。

「B組の中村亮介って知ってる?」
「さぁ、わかんない。バレンタインってことは一週間後かぁ・・・もちろん断るわよね?」
森川の視線は手紙から俊彰のところへ移る。
私も横目で見るが、こっちが見ていることは全く気付いてないらしい。

「断るもなにも、どういう人かもわからないから言いようがない。」
「・・・・行くつもりはないよね?」
森川は確認するように私を見るが、私は手紙を鞄にしまって口ごもった。
「あんた懲りないわね。一度あそこに閉じ込められたのに。襲われるために行くようなもんだよ?」
信じられないという目で見られ、私は苦笑いしかできなかった。

数ヶ月前、旧体育倉庫で閉じ込められたことは鮮明に覚えている。
必死であそこから脱出して俊彰を止めたことも。
いい思い出などあそこにはこれっぽっちもなかった。

「まぁ中村って人が本当にB組にいるかわからないしね。森川協力してくれない?」
「・・・・いいけど。」
森川は少し不満そうだった。












『あいつが中村亮介だって。』
5時間目、窓側の席の私は校庭で体育をしているある男子生徒を見ていた。
昼休みに森川から中村亮介を教えてもらった。
中背中肉で、顔も不細工じゃないけど、特別綺麗でもない。
よく言えば平均的に良い少年、悪く言えば平凡。

こんな人が何故私のことを好きになったのだろうか?

そういうことに関しては中村亮介に興味があった。でも他の興味はない。
中村亮介をよく知らないので、どういう感情を抱いているかもわからない。
ちらっと俊彰を見たが授業を聞いているんだか聞いてないんだがわからない。
私はまた校庭に目を向けた。












「やっ、俊彰と美和ちゃん。」
バレンタイン前日、俊彰といつもの喫茶店に入ると、もう相手は来ていた。
藤沢啓太くん。俊彰の親友で、中学は一緒だった。
特別容姿が目立つわけではないが、笑顔がとても似合うと思う。

「待った?」
今日はいつもの喫茶店で会うつもりだったが、迎えに来てくれたらしい。
「全然。」
私と俊彰が座り、雑談を少ししてから私は鞄からあるものを取り出した。

「これ、バレンタイン明日だけど。」
くるくる巻いてあるオレンジのリボンで綺麗に縛ったレモン色の袋。
「わー、ありがとう。今開けてもいい?」
私は頷く。藤沢くんはにこにこしながらリボンを取る。
昨日作った簡単なチョコクッキーだが、ラッピングは藤沢くんをイメージしたようにちょっと頑張った。

「おお、クッキー?おいしそう・・・食べてもいい?」
「おいしいかわからないけど。」
藤沢くんがクッキーを口に入れた瞬間ちょっとドキドキした。
飲み込んだと思うと、本当ににっこりと、笑ってくれた。
「おいしいよ、これ。」
「・・・・よかった。」
私もつられて少し微笑んだ。

「俊彰も食う?」
「・・・・・・・いい。」
いつも通り腕を組んで背もたれに体を預けて俊彰は言った。
俊彰には明日あげるつもりだ。藤沢くんもバレンタイン当日は用事があるかと思って、今日渡すことにしたのだ。

注文したレモンティーのカップを見たとき、ふとあのことを思い出した。
明日が、中村亮介との約束の日なのだ。
行くか、行かないか、実は今も迷っている。
相手が誠意を持って、告白してくれるのならば、私もしっかりと面と向かってお断りするのが礼儀だろう。


やはり、行くべきだろうか。



『襲われるために行くようなもんだよ?』

森川の言葉が甦る。
旧体育館は一目につかないため告白の場所に使われやすいが、
この前のように誰にも気付かれず閉じ込められるようなところだ。
さすがの私も、前に閉じ込められたくらいだから、男女が二人きりであそこにいるのは少なからず危ない気がする。


・・・やはり、行かないほうがいいのだろうか。

「美和ちゃん?どうかした?」
私があんまりにもぼんやりしていたようで、藤沢くんは不思議そうに私を見る。
「・・・別に、なんでもないよ。」
誤魔化すように、笑う。藤沢くんは納得いかない顔をしていたが、追求はしなかった。
横から来る訝しげな俊彰の視線は、気付かない振りをしておいた。












バレンタイン当日の放課後。
HRが終わっても、私は席を立てないでいた。
恥ずかしいことに、まだ迷っているのだ。こんなにも悩むとは思わなかった。
こういう問題の経験値が少ないのか、単に迷うくせがあるのかわからないが、私は行くか行かないかを決められずにいた。

「・・・・美和子、」
思ってもいなかった声に、私は弾けるように思い切り良く顔を上げた。
私を下の名前で呼ぶ人なんて、この学校に一人しかいない。
俊彰は私の机の前で、帰り支度を済ませて立っていた。

「・・・・どうしたの?」
学校で話しかけてくるなんて珍しいね、と言外で言う。
「・・・・・・・・。」
俊彰は眉間に皺を寄せ、少し難しい顔をしていた。
無言なままの俊彰に、私は首を傾げるしかなかった。


「・・・・・・・・帰るぞ。」



自分の目が見開いたのがよくわかった。
数秒間瞬間冷凍されてみたいに身動きひとつしなかったが、私は我に返って立ち上がり、コートを着た。
「う、うん、帰ろう。」

マフラーをつける前に、俊彰は教室を出て行ってしまった。
鞄を持って、少し早足で追いかける。たぶん、ゆっくり歩いて待っていてくれていると思う。
男の子らしいがっしりとした背中は、少し照れているように見えたのは私の錯覚だろうか。




あぁ、迷いなどあっさり消滅してしまった。



自然に笑みが浮かんでしまう。
「俊彰、」
私は彼の隣に追いつく。俊彰は前しか見ていなかった。

「・・・昨日ケーキ焼いたから、うちに来て一緒に食べようか。」
「あぁ。」
そっけなく答える俊彰の腕に、私は自分の腕を絡めたが、
俊彰はちらりと横目で私を見ただけで、何も言わなかったが、拒みもしなかった。

また、笑みが零れてしまった。



家に着いたら温かい紅茶を入れて、私が昨日一生懸命作ったシフォンケーキを食べようか。












(紅茶の香りの中、渋面をした彼に笑みが零れる)





























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