例えばちょっと砂に線をひいただけで、あっちとこっちの境界線になる。
距離はほんの少ししか違うのに、私と貴方は全く別の世界の人。

私と貴方の関係は、例えるならそう、そんな感じだ。










ライン引き


空には境界線なんかなくて、今見上げているこの空には遠い異国が繋がっているのかと思うと不思議な気分になる。
地上はこんなにごちゃごちゃして争いばかりなのに、空にいる雲はなんて自由なんだろう。

「新村、この数式の答えを黒板に書いてみろ。」
偉そうな態度の数学教師の言葉に、私は窓から黒板へと視線を戻した。
授業は全く聞いていなかったが昨晩勉強した問題と似ていた。

席を立ち、クラスメイトの中途半端な視線を感じながらチョークを握った。
すると、教室の扉が乱暴に開いた。

「おはよーございま〜す。」
軽い挨拶と明るい茶色の髪をした長身が入ってきた。
私は横目でちらりと見ると、友達と挨拶を交わして明るい笑顔を浮かべる少年が悠々と席についていた。

「尾崎!またお前は遅刻か!!」
教師は気に食わないことを隠すことなく、侮蔑の目で彼を見る。
彼は明るくて人気者だが、教師からは不評だ。特にこの数学教師はよく説教をする。
「すいませーん。」
彼は教師の視線を避けることなく受け止め、軽い笑いを返した。周りの友達も笑っている。

「大体お前はいつも―――」
「先生、」
私はチョークを置いた。
「ん?なんだ新村。」
眼鏡のズレを直し、教師は私の方を見た。

「答え、書きましたけど。あっているんでしょうか。」
教師は一瞬目を丸くしたが、黒板を見て満足そうに頷いた。
「さすがだな、正解だ。尾崎!お前も少し新村を見習え!」
「精進しまーす。」
彼は適当な返事をして、席に戻った。私も席に戻る。
教師は少し不満そうな顔をしたが、気を取り直してまた長い説明を始めた。










数学の授業が終わり、教材を片付けていると声をかけられた。
「新村、」
顔を上げると彼がにこにこしながら立っていた。

「・・・・なに?」
「さっきありがとな。話を逸らしてくれたおかげで長い説教聞かなくてすんだぜ。」
「・・・・別に、たまたまタイミングがよかっただけでしょ。」
そう返せば、彼がにやにやした顔をするので恥ずかしくて窓の方を向いた。

「浩人〜!一緒にお弁当食べようよ。」
甘い香水をした女子生徒が彼の腕にからみついた。
「いいよ〜。・・ま、とにかくありがとな!」
彼はそう言って私の席から離れていった。
私はそっと横目で追うだけ。

「ねぇ、なんで浩人あのくら〜い新村さんと話してたの?もしかして趣味変わった?」
「あのね、ゆみちゃん。そういうこと言うのはよくないよ。」
遠くなっていっても、耳で二人の会話を追ってしまう自分が恨めしい。
私は鞄を持って教室を出た。














保健室の前は日当たりもいいし、校庭と保健室の間に木が並んでいるので人にも気付かれにくい絶好の場所だ。
私は保健室の窓の下に座り、お弁当をあけた。
お母さんは料理好きで、いつも彩りある綺麗なお弁当を作ってくれる。

「おいしそうな弁当だな〜。相変わらず姉さんは料理に手を抜かないんだな。」
頭の上から鼻につく煙草の臭いがして顔を顰めた。
上を見上げると、人の悪そうな笑みを浮かべて煙草を吸っている男がいた。

「・・・叔父さん、校内って禁煙だと思いますけど。」
「晃(あき)、俺まだ若いんだけどな。」
「もう三十の人が何を言ってんの。」
上下とも微妙な色をしたジャージを着ている不良保健医は紛れも無く私の叔父だ。
つまりは私のお母さんの弟にあたる人。

「俺まだ昼飯まだなんだよ。その卵焼きくれ。」
お母さんとこの人は結構年が離れていて、叔父というよりお兄ちゃんみたいなものだ。
昔からよく遊んでもらって、仲もいいと思う。
「・・・渉さん、まだ彼女できないの?彼女にお弁当作ってもらえばいいのに。」
「余計なお世話だ。」
渉さんは私を少し睨んで携帯灰皿に煙草を入れた。

私は立ち上がってお箸で卵焼きをつまんだ。
「仕方ないなぁ。・・・はい。」
卵焼きを差し出すと、嬉しそうな顔をして卵焼きを食べた。
こういう表情はずるそうな大人の顔じゃないんだけどなぁ・・・。
なんだが悔しい気持ちになって私も卵焼きを食べた。

「前から思ってるんだけど、そういうダサい格好するのやめたら?普段を知っている私は面白いけど。」
渉さんは学校ではいっつもジャージでボサボサ頭でいる。
普段はセンスのある洋服を着て、結構かっこいいから彼女くらいすぐに出来ると思う。
モテない原因はそこではないかと私は常々思っている。

「馬鹿、俺が普段通りだったら生徒が恋するだろ。」
「・・・・・・もう何も言いません。」
「なんだその目は。生意気だからそのハンバーグよこせ。」
「購買でパンでも買ってよ。」

私がハンバーグを食べていると、渉さんはじっと私を見ている。
「・・・そんなにハンバーグ欲しいの?」
「俺も前から思ってたけど、俺と喋ってるみたいにクラスメイトと喋れないのか?」
「・・・・・それが出来たら一緒にお昼食べる人が渉さんじゃないよ。」

私はものすごく話すのが苦手で、クラスの人と家族や渉さんみたいに気軽に喋れない。
どうしても硬い表情と口調になってしまい、暗いとか怖いという印象を植え付けてしまうのだ。
自分でも直そうと努力したときもあったけど、今はもう諦めている。


溜め息をつくと、渉さんが私の頭を撫でた。
「・・・別にお前がそれでいいなら構わんがな。」
そっぽを向いているのは照れ隠しのせいかもしれない。
私がそれに笑ったらと、すごく睨んできたけど。

「・・・お前、好きな奴がいるんじゃなかったのか?このままでいいのかよ。」
渉さんはまた煙草を吸い始めた。
「・・・・よくないことはわかってるけど・・・」

頭の中に浮かんだのは・・・・

「センセ〜!」
急に保健室のドアが開いて、私はぼんやりしていて咄嗟に隠れられなかった。
入ってきたのは尾崎と二人の女子生徒だった。
私を見てびっくりしている。まぁ当たり前だろう。

「・・・どうした。ここはたまり場じゃあねぇぞ。」
渉さんは微妙な空気を気にせず平然と喋ったので、私はしゃがんで彼らから見えないようにした。
「たまりにきたんじゃなくて、マジで怪我したんだよ。」
お弁当箱を片付けながら、保健室での会話を聞く。
「遊んでたらさ、浩人が椅子から落っこちたんだよ〜。」
「ホント面白かったし!」
女子生徒は思い出して笑っている。

「・・・尾崎、そこまで馬鹿だったのか。」
「先生までひどいな!」
「で、どこが痛いんだ。」
「肘から落ちてめちゃくちゃ痛いんだよ。」
そう言ったとき、昼休みを終えるチャイムが校内に鳴り響いた。

「授業が遅刻になるからお前らは教室帰ってろ。」
「え〜、でも浩人まだじゃん。」
「一緒に戻るから待つ〜。」
文句を言う女子生徒を渉さんは強引に保健室から追い出して、彼の手当てをしているみたいだった。

女子生徒たちの話し声が完全に聞こえなくなった時、声が聞こえた。
「・・・晃、お前も教室に戻れ。」
「・・・・・。」
渉さんの声は静かだったけど、拒否権はなさそうだった。

もう授業が始まっているから外から帰るのも危ないので保健室に入った。
彼はじっと私と渉さんを見ていた。
「まぁお前なら頑丈だから湿布をしていればすぐ治るだろ。終わりだ。」
「・・・ありがとうございます。」
「じゃー二人とも早く教室に戻れよ。」
渉さんは椅子に座ってまた煙草を吸い始めた。ホント不良教師だなぁ・・・。




「・・・もしかして、新村と先生ってヤバイ関係?」
彼の言葉に私は驚きのあまりお弁当箱を落としてしまった。




「・・・・尾崎、俺はこんな色気のないガキに血迷うほど飢えちゃいねーよ。」
「し、失礼だなぁ!!色気がなくて悪かったわね!」
ついいつもの調子でそう言い返すと、彼は目を丸くして私を見ていた。
彼はおとなしくて静かな私しか知らないのだ。

「・・・なに、新村ってそんな大きな声出せるんだ。」
意外だということを隠そうとしない表情で彼は言った。


どうしよう。別に知られちゃまずいわけではないが、彼の前であんなこと言うなんてはずかしい。


「それは新発見できてよかったな。・・・晃、いい加減弁当箱拾え。」
「え、はい。」
有無を言わせぬ命令口調に私は素直に従って、保健室を逃げるように出た。






「新村!」
保健室を出てすぐ彼に呼び止められたけど、振り返らずに歩いた。
「・・・・一緒に戻ろうぜ。」
すぐに追いつかれて、隣に彼がいるけど私は何を喋っていいかわからない。

「なぁ、もしかして俺のこと嫌い?」
「・・・・そんなことは、ない。」
むしろ反対で、私はずっと、恥ずかしいことに入学式のときから貴方に憧れていた。
さっき保健室にいたあの女子生徒だったらそんなこと軽く言えてしまうのだろうか。

「ならなんであの保健医には普通で、俺には違うわけ?」
彼は不満そうに言って、私の顔を覗いた。
私は立ち止まってしまった。

すぐ目の前には、彼。



私は話すのが苦手で。 本はいっぱい読んでいるし、勉強もそれなりに楽しんで頑張っているのに、話すことは上手くできない。
だからいつも他人と壁が出来てしまって、友達なんて手で数えられるくらいしかいない。


でも結局のところ、壁も、境界線も、全部私が作っているんだ。



「・・・・それは・・・」
「それは?」

彼はいつもキラキラしている。
笑顔が綺麗で、決して人の傷つくことを言わない。
いつも彼の口からは優しい言葉が響く。

私も、そんな風になりたかった。



「貴方のことが―――――」


















(そう言えば貴方の口からどんな言葉が零れ落ちるのだろう)






















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