窓の外の青








「あれ、珍しいね。響子(きょうこ)が指輪してるなんて。」
朝、教室に入って挨拶をしたらすぐに言われた。目ざといね。
「・・・あぁ、そうね。」
私は自分の左手の小指を見つめた。青く光る石は、私を冷たく見つめていた。

「なになに、彼氏から?」
「おー、ついに響子にも?!」
「違うわよ。」
私は盛り上がる友人の言葉を流して、席に着いた。

窓側から3番目の席を、私は密かに気に入っていた。
授業中少しの間、ぼんやりと見つめるのが好きだ。

もう高校1年にもなるから、授業はしっかり聞いているけど、
ふとした瞬間窓の外に見える空を見ると、勉強とか自分とか友達とか将来とか、
いろいろ考えていて焦ったり疲れたり嫌になっている自分を一瞬忘れられる。
空の青と同化したみたいに、心が空に溶け込める。

そんなこと、まだ誰にも言ったことがないけど。



「ねぇ、本当のところ、その指輪どうしたの?」
もうからかわない表情になったマキが、私に聞いてくる。
「小さいときに友達からもらったの。そのことたまたま思い出してつけてみただけ。」
「あー、だからサイズ小さくなってピンキーリングなのか。」
マキはじっと私の小指を見つめる。

「綺麗な石と模様だね。なんていうか、アジアン?」
「・・・・そうね。」
別に綺麗にカットされてもいない、丸いおもちゃみたいな半透明の石が埋め込まれているだけの指輪。
けどその青い石は光に当たると、奥の方が鈍く光る。
それにこの石の青色が暗いようで鮮やかな、言葉では表現できない魅力を持っているのだ。

先生が入ってきて、マキは自分の席へ戻っていく。
HRを聞かずに、私は窓の外を見た。
今日は天気も良くて、綺麗な青空。




――――――響子には綺麗な青が似合うよ。



そう言って、この指輪をくれたのは君だった。















あれは忘れもしない小学校に通って4年目のことだった。
確か9月の終わりの頃、掃除当番で静かな理科室を掃除していた。
他の子は皆サボって遊びに行ってしまったけど、私はそういう気になれなくて、ひとり理科室を掃除していた。
人体模型や怪しげなビーカーがあって少し怖かったが、外は明るかったし、
怖さよりひとつの教室を独り占めできた優越感が勝っていた。

ガタ、と立て付けの悪い扉が開く音がした。
心臓がドキッと跳ねて、飛び上がるようにドアの方を向いた。
「おい、もうみんな帰る支度してるぞ。」
「・・・・なんだ、サキちゃんか。」
「なんだってなんだよ。」

渡辺沙紀と漢字で書けばまるで女の子のような名前だが、サキちゃんはちゃんとした男の子だ。
ただ低学年のときに「おんなのサキちゃん」と馬鹿にされていじめられていたから、自然と皆サキちゃんと呼ぶようになった。
私も例外には入らず、つい癖になってサキちゃんと呼んでしまっている。

「他の奴はどうしたんだよ。」
「サボってる。」
そういうと、すごく呆れた目をされた。
「お前バカかよ。なんでお前一人やってるんだよ。」
その当時はあまり感じなかったけど、サキちゃんはなかなか面倒見が良く、
世話好きで、なんだかんだ言われながらも皆のリーダーだった。

「ん〜・・・・よくわからない。」
「お前、ホントバカだろ。」
また呆れた目をされた。けれどそう答えるしかなかった。
私だって何故ひとりで掃除をしているのかわからなかったから。

すると、皆が帰るときに鳴る鐘が鳴った。少し遠くで皆のバタバタと騒がしい上履きの音がする。
「もう鐘鳴っちゃったね。」
「・・・・・バーカ。」
サキちゃんは二言目には私をバカと言う。
他の子にはそんなこと滅多に言わないので、私はこっそり傷ついていた。

ホウキを掃除用具いれにしまう。
誰かに蹴られた掃除用具いれのロッカーは凹んでいて、しっかり閉まらないのでちょっと開いているが気にしない。
帰ろうとすると、サキちゃんは窓に身を乗り出して、外を眺めていた。

・・・もう帰ったとばっかり思っていたのに。

「なにしてるの?」
「・・・べつに。」
サキちゃんの髪の毛が太陽に照らされて、キラキラと輝いている。
サキちゃんはハーフで、色素が薄くて茶髪に金髪混じりなのだ。それに瞳の色も青い。
クラスの女の子よりも、顔が整っていて綺麗だから、一見女の子にも見えてしまう。
それに名前のこともあって、よく女の子だといじめられていた。

でもサキちゃんはそんなことでへこたれるような器ではなかったらしい。
3年生になってから、どんどん男の子っぽくなって、皆をまとめるようになった。
サキちゃんが皆の意見をちゃんと聞いて、うまくまとめてくれるとわかっているから、文句なんて誰も言わない。
だから、サキちゃんをいじめる人はもういない。からかう子はいっぱいいるけど。

青い空と青い瞳のサキちゃんはよく似合っていて、ぼんやりと見ていた。
「・・・・なに?」
私を振りかえって、サキちゃんは言ってきて私は慌てて首を振った。
「ううん。べつに。・・・・あれ?サキちゃんペンダントしてるの?」
細い首から小さな鎖が流れ、その先に指輪がついていた。

「あぁ。」
「いつもしてないよね?」
サキちゃんは頷いて窓から降りて、私の前に立った。
「見せて。」
「いいよ。」
指輪は太陽にあたるとキラキラ光った。まるでサキちゃんみたいだな、と思った。

「綺麗だね〜、どうしたの?」
「家にあったからつけてみたんだ。」
サキちゃんはいたずらっ子の顔をしていた。
私は笑って、また指輪を眺めた。ずっと見ていても飽きない。

「・・・・あげるよ。」
「えっ?!!い、いいよ!!」
そういうつもりで言ったんじゃないのに、と心の中で思う。

「いいよ、やるよ。」
「でも、家の大事なものじゃないの?」
「見つからなかったから平気。」
サキちゃんは誇らしげに言うものだから、もらいたい気持ちになってきた。

「・・・・本当に、いいの?」
「あぁ。」
「ありがとう!」
私は満面の笑みをサキちゃんに向けた。
もらって申し訳ない気がしたけど、心の奥底では欲しいと思っていた自分もいた。
だから、とてもうれしかった。

私はさっそくペンダントをつけた。サキちゃんはまた空を見ていた。
そんな後姿を見て、私は言いたいことを今なら言える気がした。

「・・・・サキ、」

「え?」
急に呼び捨てにされたのを驚いたようでサキちゃんは目を丸くして私を見ていた。



「ごめんね。」



それは4年分のごめんねだった。
数ヶ月前ほどから、私はサキちゃんにとても悪いことをしていたと考えていた。

つい皆に流されてしまって、サキちゃんをからかったことがあった。
それはとても軽い言葉だったけど、いじめられていたサキちゃんには辛かったに違いない。
いじめられている時だって、見て見ぬ振りをしていた。
本当にサキちゃんが大丈夫かとっても心配だったのに。

サキちゃんという呼び名が定着しちゃっているけど、それだって傷ついているのかもしれない。
臆病でごめんね、からかってごめんね、傷つけてごめんね、ごめんね、ごめんね。
その気持ちが伝わったかわらからないけど、サキちゃんは不思議な顔をせず、じっと私を見ていた。


「・・・・響子には綺麗な青が似合うよ。」

「え?」
予想なんて宇宙の彼方に吹っ飛ばされたような、言葉がかえってきたから、私はびっくりするしかなかった。
サキちゃんは青い目を細めた。

「サキちゃんは、綺麗な空が似合うと思うよ?」
私はどうしていいかわからず、思っていたことを言ってみると、サキちゃんは静かに微笑んだだけだった。
そんな表情をするサキちゃんを見たことなんてなくて、私はなんだかドキドキしてしまった。



それから1週間経って、サキちゃんは転校してしまった。
お別れ会はそれなりに盛り上がった。私は教室のはじっこで、ほとんど参加せずに見ていた。
悲しい気持ちとか、なんといえばいいかわからない気持ちが交じり合って、もやもやした。
サキちゃんに贈る色紙に、私は何を書こうか迷って書けなくて、一番最後に書くことになってしまった。

みんなびっしり書いているから一行しか書けなくて、どうしようか更に迷った。
「元気でね」「また会おうね」「ずっと友達だよ」とか、そんなお決まりの言葉が多かったけど、私はそんなこと書きたくなかった。
迷った末、私は「あの指輪はきれいな空がにあうサキちゃんみたいだよ。」と書いた。
お別れの色紙に書くコメントじゃあないと思うけど、こんな色紙をかりなければ言えないことだ。

結局、あの指輪をもらった日からサキちゃんと二人で喋れる暇なんてなくて、
一言も喋らずにサキちゃんはいなくなってしまった。
サキちゃんからもらった指輪は引き出しの奥にもやもやした気持ちに一緒に閉まった。















あれから、もう6年も経つ。
昨日の夜探し物をしていたらたまたま見つけて、きまぐれに指輪をつけてみた。
あの時のようにキラキラ輝いて見えないのは、きっとあの時の私と今の私が違うからだろう。
サキちゃんがいなくなってから私はよく空を見るようになった。
今思えばサキちゃんもよく空を見ていた。

HRはいつの間にか終わっていたようで、教室のざわめきは元通りになっていた。
ふと、窓の外を見る。ここからは芝生の生えた中庭が見える。
なかなか綺麗で、皆昼食を食べたりする。

ふと、遅刻しているのにのんびりと中庭を鞄を持って歩いている生徒を見つけて、私は椅子が蹴って立ち上がった。
教室の皆が私に注目するが、そんなこと気にしない。
「どうしたの?」と問いかけてくるマキのことも無視した。

急いで窓を開けて、身を乗り出して叫んだ。






「サキちゃんっ!!!」






こんな大声出したのは何年ぶりだろう。もしかしたら初めてかもしれない。
あの綺麗な青の瞳と私の平凡な黒の瞳が出会った。

「響子・・・・?」

4階から見ているから細部まではよくわからないけど、サキちゃんは男らしくなっていた。
顔も女の子よりも美人に見えるけど、肩幅とか身長だって高くなっているだろう。

私は泣きたいような、叫びだしたいような、言葉では表せない複雑な感情になった。



サキちゃんはあの時のように目を細め、静かに、でも優しく微笑んで・・・・



「バーカ。」






























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