鏡の中に映るのは、ちょっと間抜けた顔をしていた。

「まぁ、やっぱり素がいいから綺麗にすればとても美しいのに・・・勿体無い。」
メイド服を着た女性はにこにことメイクを完成した私を見る。
「・・・どうも、ありがとうございます。」
綺麗にウエーブがかかっている髪を私はちょっと掴んだ。なんだか髪質まで変わっている気がする。
全身が映る鏡の中に、ちょっといいとこのお嬢さん風の女が映されていた。

淡いブルーの生地に、太もも辺りに金色の刺繍糸で蝶が描かれていた。
肩は出ていて、胸元には白いリボンが結ばれている。
硝子をあしらったサンダルはヒールが高いので、いつもの自分よりか身長が高く見える。
ウエーブのかかった黒髪は左の耳下で白いリボンで結ばれ肩に流れている。
メイクのせいもあって女の子、というより女性と表現すべき容姿になっていた。

「うーん、すごい化けっぷり。」
腰に手を当てるポーズがこの上品な格好に面白いほど似合わない。
肩が出ていて、ノースリーブなため少し肌寒く感じた。


「サチ、」
後ろのドアが開かれる音がした。
振り返ると、鮮やかな赤に目を奪われた。
「わ、咲乃ってば綺麗!」
真っ赤なドレスを身に纏った咲乃は私の言葉にちょっと恥ずかしそうにした。
「あんまり私の趣味じゃないんだとな・・・」
膝にかかるくらいのドレスに黒いサンダルは咲乃の脚線美を引き立てていて、
スタイリストさんは間違っていないと思った。
咲乃の整った顔はとても綺麗で、女の私は時々羨ましいと思ってしまう。

「お前も綺麗じゃん。」
咲乃は私を上から下まで見た。少し恥ずかしい。
「馬子にも衣装でしょ?」
笑って見せると、咲乃も笑って頷いた。
「あぁ。綺麗な青だな。」
「ホントよね。」
このドレスの色は気に入っている。なんだか自分にぴたっとくるのだ。

「・・・これ終わったらお礼にそれをやるよ。」
「え、えぇ?!いいよ!私が持ってても使い道ないし。お礼ならもっと他のことやってもらう。」
「うわ、そっちの方がいやだな。」
咲乃はあからさまに顔を顰めた。失礼な。

「ね、咲乃バックみたいのある?」
メイドさんには遠慮してしまい、つい言えなかったことだ。
「なんで?」
「このドレスにポケットないから・・・」
なんとも言えず、口ごもっていると咲乃はわかったらしく頷いた。
「わかった。ちょっと、この子に合う小さなバック持ってきてくれる?」
咲乃がそこにいるメイドに指示すると、メイドは一礼して部屋を出て行った。

「別にここに置いとけばいいのに。」
私は右手を握り締める。堅い感触と、チェーンが揺れる小さな音がした。
「そうだけど、さぁ・・・」
咲乃の意見が正論なだけに、私は口を尖らせるしかなかった。
「・・・・・別に、いいけどさ。」
咲乃は目を細め、私を見ただけだった。
嫌な沈黙だ。

「ごめん。」
「別に謝らなくてもいいけど・・・」
バツの悪そうな顔に、私は苦笑した。
「・・・やっぱり、私・・・まだ、無理だ。」
「・・・・・・。」
右手の感触が、心に刺さった。







「悪いけど、やっぱり一緒にいれないから・・・変な親父に気をつけろよ。」
パーティー会場へ向かう途中、咲乃は言った。
「うん。・・・咲乃は、大丈夫?」
「お前とは場数が違うんだよ。」
ふん、と不機嫌そうに言う咲乃にちょっと笑えた。
「左様ですか。」

「別にお前が来てもつまんないだけなのに、悪いな。」
「いいよ。綺麗にしてもらって高級な料理を食べれるんだよ?
充分、充分。それに言いだしっぺは私だし。」
自嘲気味に笑うと、咲乃はちらっと私を一瞥してから前を見た。
「・・・じゃあ、気にしない。」
「うん、そうして。」
自然と頬が緩んだ。

「門限は十一時だったよな。じゃあ十時にうちの者に送らせるから。」
「りょうかーい。」
大きな鏡開きの扉が見えてきた。
「じゃ、頑張ってねお嬢様。」
「・・・・・うん。」







パーティー会場はやたらキラキラしていた。
ざわつく婦人達、高級そうなスーツを着た男性達、時々見つける少年や少女。
上を見上げれば豪華なシャンデリアがあって、照明が眩し過ぎて目に痛かった。
テーブルに並ぶ料理はお店で出されたら0の数を疑う程のものだろう。

賑やかな人達の中で、私は周りに溶け込むように静かに食事をとっていた。
ちらりと横目で探すと、真っ赤なドレスなだけあってすぐ見つけられた。

「あら、あれは加村グループのお嬢さんじゃないかしら?」
後ろにいたおばさんの声に驚いておいしいフルーツが変なところに入るところだった。
「まぁ私まだご挨拶してないわ。ちょっと失礼。」
もう一人のおばさんが言って、私の横を通り過ぎていく。

そう。咲乃は加村咲乃といって、加村グループという大手企業の社長令嬢なのだ。
当人は嫌がっていて、自分が大のつく金持ちなのも気に入ってないらしい。
昔から顔も見たことのない婚約者がいて、忙しい両親は咲乃と会う時間が少ない。
咲乃はとても美人で、しかも加村グループの令嬢といえば寄ってくる人は数え切れない。
だからパーティーに行くのが嫌だといつも言っているが、
両親のためにもそういうわけにはいかない。

今回私も一緒に行くと言いだしたのだ。
「加村咲乃」をなんの着色もなく「加村咲乃」と見てくれる人が、
パーティー会場に一人いるだけでも心が楽ではないか、という私の考えからだ。
最初は却下していた咲乃も、説得すると渋々頷いてくれた。
私は過去、片手に数えるほどだが咲乃の付き添いとして大金持ちたちのパーティーに来ている。
そのため本当にどこにでもいる一般家庭の娘の私だがマナーや歩き方は完璧だ。

年齢が高くなってくるにつれ、金持ちたちの攻撃も強くなってくる。
挨拶に何時間もかかるわけで私は邪魔なので、今回は咲乃とは一緒にいれない。
確かに暇だが美味しい料理にもありつけるし、
社交界に一切関係してない私は誰かに話しかけられることもない。
つまりは気楽に楽しめるというわけだ。

おいしい生ハムサラダを取ろうと他のテーブルへ行く。
冷房の効きすぎた会場は肌寒い。
もともと冷え性なのに、肩なんか出したら体はすぐに冷え切ってしまう。
左腕に通しているバックをちょっと握り、我慢しながらテーブルへ行く。

テーブルの端に銀の皿にもられた生ハムサラダがあった。あと一つだ。
これがおいしいのだ。寒さもこの美味しさで気が紛れるだろう。
意気揚々と手を伸ばすと、反対方向から伸びてきた手とぶつかる。


「「あ、」」


私は慌てて手を引っ込めて顔を上げると、向かいにいた男性はきょとんとした顔で私を見ていた。
こげ茶色の髪に、大きな真っ黒の瞳。背はそこまで高くなくて、175くらいだろうか。
仕立ての良さそうなグレーのスーツに身を包み、私を見て微笑んだ。

「どうぞ?」
なんとも紳士的な笑みだった。だが年齢は若く、二十前後に見えた。
顔は整った方で、好感のもてる雰囲気があった。
「・・・いえ、どうぞ。他のテーブルを探しますので。」
私は軽く頭を下げて他のテーブルに行こうとしたら、手首を掴まれた。
驚いて振り返ると、あの紳士な笑みがこちらを見ていた。

「ちょっと待ってて。」
そう言い残すと男はすたすたと歩いていってしまった。
ここで立ち去るわけにもいかないので、私は困りながらも待っていた。

少しすると、
「はい、」
私の目の前に生ハムサラダが差し出された。
「これで納得でしょ?」
にっこりと笑った男はテーブルにあったサラダを持った。私は思わず笑ってしまった。

「ありがとうございます。」
わざわざ他のテーブルまで取りに行ってくれるとは思っていなかった。
私が引き下がるとは思わないとわかったからだろうか。
「いいえ。」
彼は美味しそうにサラダを食べている。
私も食べるが、どうも彼のことが気になってサラダに集中できない。

「おいしいよね、このサラダ。」
急にそう言い出すので私はびっくりしながら頷いた。
「は、はい。いつもパーティーに来るとこれを探してしまって・・・」
そう言ってから口をつぐんだ。これじゃあ自分の食い意地を公表しているだけじゃないか。
「あはは、面白いね、君。」
彼は本当に面白そうに声を立てて笑う。私は恥ずかしくなりながらも、つられて笑った。

「うん、俺も好きだよ。忙しくて手が空いたときにはもうなくて、
いつもがっかりしているけど今日はラッキーだった。」
少年のような瞳で、サラダを美味しそうに食べる。面白い人だ。
この人もきっとお金持ちの一人なんだろう。こんなに気さくな人は珍しい。

ぽつりぽつりと世間話をしていると、彼は思い出したように言った。
「そういえば、自己紹介をしていなかったね。・・・
君は、見かけない顔だから名前はわからないんだけど・・・」
少し申しわけなさそうに言うので、私は少し笑った。
当たり前だ、私はここにきていたのは数回だし、名の知れたお金持ちのお嬢様でもない。

「俺は・・・玲。王に命令の令って書くんだ。」
自慢するように言う彼に、私は首を傾げた。何故苗字を言わないのだろう。
疑問が顔に出ていたのだろう、彼は苦笑した。
「いや、家柄とか面倒だろう?あんまりそういうの好きじゃないから。」

――――あ、


心の中でそう声をあげた。

私は、この悲しげな瞳を知っている。







『「加村」なんて、嫌い。』
涙で顔がぐしゃぐしゃになった咲乃は、そう言った。
荒らされた広い部屋の中、ベットに突っ伏していた。
私はそれをドアから見ていた。
『嫌い、全部嫌!!!「加村のお嬢様」、「社長令嬢」、「あの加村の」!!全部嫌!
みんな私を商品として見ているのよ!!みんな私を「加村」の付属品としか思ってないんだ。
私なんか、見てくれない。私の意見なんか、聞いてくれない。』

咲乃をそう泣き叫ばした原因を、私は知らない。聞きたくもなかった。
強気で、いつも前向きで元気な咲乃が見せた、苦しそうな姿。
私も泣きたくなった。


『私は、違うよ。』

そう言った声は自分が思っていた以上にしっかりとしていた。

『私は、咲乃を咲乃として見てるよ。
「加村」の咲乃も、そうじゃない咲乃も・・・咲乃は咲乃だよ。』

『これからも、ちゃんと咲乃として見るよ。約束する。』

『・・・・・・本当に?』

『本人が言うんだから、間違いないじゃない。』

私が笑うと、こちらを見た咲乃の悲しげな目が少し微笑んだ。







――――この人も、咲乃と一緒なんだ。

「・・・・気にしませんよ。」
「え?」
この人もきっと昔に、辛いことがあったんだ。

自分の家のせいで。

「言われたくなければそれで構いませんけど、私、そんなこと気にしませんから。」
そう微笑むと彼は一瞬目を見開き、そして優しく微笑んだ。
あの紳士的な笑みとは違い、こちらの方が本当の笑みに見えた。

「あ、私は倖っていうんです。人偏に幸せって書いて。」
そう明るく笑うと、彼がすっと私の頬に手を添えた。
「!えっ?!」
私が慌てると彼はくすりと笑った。

「倖って良い名前だね。」
「え?あ、ありがとうございます・・・。」
それよりこの手はなんなのだろう。私はこういうことに慣れないんだけどな・・・。

困っていると、彼は優しげに目を細めた。
「ありがとう、倖。」
その笑顔があまりにも儚げで、そして綺麗で、私は数秒見惚れてしまった。
それから返事をしていないことに気がついた。
「い、いいえ・・・」
思わず手を振ってしまった。

しかし彼は動かないままで、私もどうしたらいいかわからないくて俯くしかなかった。
すると・・・
「倖様、」
その声に反射的に手は話され、横を見ると初老の男性が礼儀正しく立っていた。
「あ、神崎さん・・・」
神崎さんは加村の運転手で、よく咲乃を送っていて顔見知りだ。

「もう十時でございますので、お送りいたします。」
もうそんな時間なのか・・・。
心の奥で残念がっている自分に苦笑した。
「わかりました。あ、あのちょっと待ってください。」
「はい、では玄関でお待ちしています。」
「ありがとうございまいます。」
私が軽く頭を下げると、神崎さんの目尻が少し下がった。

背を向ける神崎さんを見てから、彼に向き直る。
「あの、サラダありがとうございました。美味しかったです。」
「・・・・もう帰るの?俺が送っていこうか?」
何を言うんだこの人は!

顔が熱くなるのを抑えながら言った。
「れ、玲さんはこれからも会場に残らないといけないんじゃないんですか?
そこまでご迷惑かけられませんし、迎えがいるから大丈夫です。ありがとうございました。」
私はお辞儀をしてさっさと帰ろうとしたら左手が引っ張られ、
いきなりのことなのでバックが落ちた。

「な、なんですか?」
玲さんはバックを広い上げ、私に差し出した。
「・・・・また、会える?」
ふわりと笑った彼につい見惚れそうになるが、なんとか抑える。
所詮、からかわれているだけだ。

「・・さぁ、わかりません。」
乱暴にバックを取って、早足で会場を去った。














「うーん、なんだか手強そうな予感。」
そう小さく呟いたが、自然と頬が緩んだ。
こんな楽しい気分になるのは久しぶりだ。

だがかなり時間を費やしてしまったので、友人は怒っているだろう。
今回は自分の会社で来たのではなく、友人のために嫌々ながら出席しただけなのだ。
あいつには借りがあるので顔を見せなかったら後日恐ろしいことになる。

そう思い、踏み出した時つま先に何かが当たった。
下を見てみると、チェーンの通してある指輪だった。サイズからいって女物だ。
拾い上げてから、さっきの彼女のものだと気がついた。
力任せにバックをひっぱって落としたからその拍子に落ちたんだろう。悪いことをした。

銀色の、なんてことない指輪だった。
しかし、裏を覗くと・・・



『Dear SACHI   From S』



「・・・・・。」
なんだか見てはいけないものを見た気がした。
どうしようかと手の中で転がしていると、
「・・・・玲、」
不機嫌そうな声が後ろから聞こえた。

「おお、裕也。今日も元気に不機嫌そうだな。」
軽く笑っていると、裕也の眉間の皺はさらに濃くなった。
「何してたんだ、俺に顔も見せないで。」
「悪い、悪い。」
「全然悪いと思ってないだろ。」
「うん。」
にっこり答えると、今すぐにでも絞め殺されそうな殺気が返ってきた。本当にからかうのが面白い。
この面白い人間があの日本の五本指に入る大企業の橋内グループの幹部なのが不思議だ。

「・・・なんだ、その指輪。」
俺が持っている指輪に、視線を向ける。
「あぁ、シンデレラのガラスの靴。」
「・・・・・お前の言動は理解に苦しむ。」
渋面の裕也を見て、この上ない満足感が広がる。

「まぁあながち嘘じゃないけど、ちょっと気になる子の落し物。
十時になったから帰ってしまうっていう不思議な子。」
「ほぅ・・・お前が女に興味を持つなんて珍しいな。」
意外そうな顔で俺を見る。失礼だが、間違ってはいないので否定はしない。

「ね、裕くん。」
「キモイ呼び方をするな。」
「わ、つれなーい。昔は俺のこと「れーくん」って呼んだくせにー。」
「キモイ、うざい。・・・・頼まれなくても、調べてやるよ。
俺は友人の恋を応援してやる優しい人間だからな。」
「・・・・裕也、それ真顔で言うと結構気持ち悪いぞ?」
「黙れ。」
殺気を放ちながらも、裕也は溜め息をついた。

「・・・その女の特徴は?」
「苗字はわかんないけど、名前は倖。
淡いブルーの足元までの綺麗なドレスを着た二十前後の子。」
「・・・・年下か、珍しいな。」
裕也は今言った情報を頭にいれこんでいるようだった。
「まぁお前の見た目は二十前後だがな。実際は二十六だと知ったらそいつはショックを受けるだろうな。」
くくく、と喉を鳴らして嫌な笑みを浮かべる裕也を俺は半眼で睨んだ。
同い年の裕也は童顔の俺と違って三十近くに見えるほどの貫禄があるのが悔しい。

「ま、気に入る奴がいてよかったな。お前も適齢期だからな。」
「阿保、何言ってんだ。」
俺は苦笑した。
「・・・・今回もつまらんパーティーだったが、帰りにうちで茶でも飲んでいくか?」
「いいね、賛成。」
どうせなら彼女のことを存分に話してやろう。

そう思いながら、俺は友人に笑いかけた。





















(「運命」という言葉を信じるなら これは運命なんだろう)





Congratulations 50000HIT to kaito!






























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