気がついたのは、家に着いてからだった。

「どうしたの、サチ?なんかあんた暗いよ?」
隣の席の真紀ちゃんの声に、私はゆっくりと振り向いた。
「・・・うん。」
思いっきり低いトーンで返事をすると、真紀ちゃんが苦笑した。

「朝からずっとその調子よね〜。平気?」
優しい言葉はとても嬉しいが、気分はさっぱり晴れない。
「・・・あんまり平気じゃない・・・・」
もう四時間目になるが、メールは一切きていない。



本当に、どうしよう。



そのことを考えると泣きそうになった。














あのパーティー後、私は家に着いて部屋でおそるおそるドレスを脱いでいた。
「それにしても面白い人に会ったよなぁ・・・。」
ハンガーにドレスをかけながら、会場で会った玲と名乗った男性を思い出した。
片手で数えるほどだがお金持ちのパーティーへ行っても、
あんな気さくで楽しい人に会うことはなかった。
もともとお金持ちに良いイメージを持っていなかったし、
なんだかそのイメージが今夜で崩されてしまった。

『・・・・また、会える?』

そう言って微笑んだ顔はすぐにでも思い出せる。
あっちはからかい半分だろうが、また会って楽しくおしゃべりしたい気持ちもある。



そんな風にパーティーの余韻を味わいながら着替えて、
バックの中からアレを取り出そうとしたとき・・・

「・・・・・ない?」

慌ててバックをひっくり返すが見当たらない。
血の気がさぁっと綺麗なくらいに引いた。
パニックに陥りながらもなんとか携帯をかける。


数回のコール音が聞いてから、聞き馴染んだ声が聞こえる。
『もしもし、サチ?どうかした?』
「咲乃?!あ、あ、どうしよう?!」
私は混乱して頭が回らなくて、手をぶんぶんと振った。涙が自然に零れてくる。

『は?なに、どうしたの?!』
「あ、あのね・・・指輪がないの!!」
『えぇ?!!』
さすがの咲乃も驚きの声を上げた。

家にはないし、なにより落ちたら金属音がするはずだから気がつくはずだ。
きっとパーティー会場に落としたに違いない。
『わかった。とにかく会場に問い合わせて、探してもらうように言うから。
落ち着いて、大丈夫よ、見つかるわ。』
「・・・うん・・・・」


それから三日。いまだ咲乃から連絡は来ない。
本当に見つからなかったどうしよう。
あれは世界でたった一つしかない、私の大事な大事な指輪なのに。


「サチ、サチ、授業終ったよ。昼休み。」
肩を揺らされて、現実に戻ると真紀ちゃんが本気で心配そうな顔をしていた。
「あんたホントに平気?顔色悪いよ。保健室にでも行ったら?」
「う〜ん・・・じゃあ、昼の間寝てる・・・」
お弁当を食べる気にもなれないし、寝ていた方が気が紛れる。
「わかった。気をつけなよ。」
「うん、ありがとう・・・」
私は思い足取りで教室を出た。














彼はよく私の頭を撫でてくれた。

子供扱いをしているんだとムッとしたこともあったけど、頭を撫でられるとホッとした。
時々私の長い髪をいじる彼の指先がくすぐったくて、
でも優しくて、私と彼の存在を証明しているみたいで好きだった。
髪の長い女の子は好きって言っていたし、
髪を触られるのが好きだったからずっと切らないで伸ばした髪。



『倖、』



初めて会ったとき、良い名前だと褒められた。
『君は人に幸せをあげるのかな。』
そう言って彼は微笑んだっけ。

でも実際幸せをもらったのは私の方だ。
彼は私から少しでも喜びをもらっただろうか?
私は彼から両手で抱えきれないほどの幸せをもらったのに。

いつも螺旋のように思うよ。


貴方は私といて幸せだった?


そう聞けば彼はきっと――――





昼休みの終わりを告げるチャイムで、私は目が覚めた。
白い天井を数秒見上げてから、ここは保健室で、疲れて眠っていたのだと状況を把握した。

ぼんやりと天井を眺めた。
哀愁が心の中に波を立てる。無性に泣きたい。
授業をサボりたいけど、そうもいかないし、私はカーテンを開けてベットから降りた。

「あ、小池さん。」
「・・・はい。」
手招きする保健室の先生に、私は首を傾げながら近づく。
「貴方の親戚の方、かっこいいわね。」
保健医はふふふと怪しげに笑いながら私に茶封筒を手渡した。

親戚?そんな人学校に来るのだろうか。
不思議に思いながらのりのつけられていない封筒を開けて、
ひっくり返すと冷たい何かが私の手に落ちてきた。

「っっ!!!」

思わず目を見張った。
そして、手の中で鈍く光るそれは三日間離れただけなのに懐かしく感じた。
慌てて封筒を覗いてみると、紙が見える。
取り出すといたってシンプルな白い便箋が出てきた。







『倖さんへ

先日のパーティーで落とした指輪をお返しします。
仕事のこともあり、拾ってから返すのが遅くなって申しわけないと思っています。
そして親戚と偽って校内に入らせてもらったことを詫びます。
会えると思っていたけど、眠っているみたいなので保健医に指輪と手紙を渡しました。
お大事に。
                                  玲    
       090−××××−××××                   』


その文章の下には電話番号らしきものが書かれていた。ケタからいって携帯の番号だ。

かけてもいい、ということなのだろうか?

「小池さん、五時間目どうするの?」
手紙をもったままつっ立っていた私は、先生の言葉で現実に戻った。
授業のことなどすっかり忘れていた。
「え、えーと・・・出ます!」
急いで保健室を飛び出し走りながらも、私の頭はあの手紙と電話番号でいっぱいだった。


とりあえず、夜になって電話をしてみよう。














「え、見つかったの?」
咲乃はカップをお皿に叩きつけるように置いた。ちょっと紅茶が零れてる。
「うん。」
私は証明するように首から下げたチェーンをとって、指輪を見せた。
確かに指輪の裏にも文字が刻まれていて、本物であることは間違いなかった。

「どうして見つかったのよ?もしかしてバックに入っていたとかいうオチじゃないでしょうね。」
身を乗り出す咲乃に、私は少し躊躇いながら話した。
「・・・あのね、指輪がなくなっちゃったから話す機会がなかったんだけど・・・・」
私は咲乃に玲さんとのこと、手紙と指輪のことを話した。


「で、電話したんじゃないでしょうね。」
渋い顔をしている咲乃に、私は小さく頷いた。
「あんた何考えてんの?!!」
テーブルを叩き、立ち上がる咲乃を私は苦笑しかできなかった。

「いや、でもお礼を言うのは礼儀でしょ?」
「きっとあっちはあんたの身元もわかってるのよ?危険すぎるわ!!」
「そんな人じゃないと思ったし・・・」
「すぐ人を信じない!」
咲乃が息を荒げるほど怒るのも、わからないわけではない。
確かに危険だけど、詐欺目的とかそういうのじゃないのはなんとなくわかる。
だってあっちに動機なんかないし。

「で、電話したらあっちはなんだって?」
少し落ち着いて、椅子に座る咲乃に追い討ちをかけるようで悪いが・・・
「ちょっとの世間話と・・・今度・・・会わないかって・・・」
「はぁ?!!」
テーブルをひっくり返す勢いで立ち上がり、咲乃は食って掛かった。

「もしかして、いいですとか答えたんじゃないでしょうね?!!」
「・・・答えちゃった。」
出来るだけ可愛らしく答えたら、殴られるかと思うくらいの殺気のこもった目で見られた。


「・・・あんた、ねぇ・・・」
息を吐き倒れるように椅子に座り、呆れた顔をする咲乃に私は真面目に言った。
「平気よ。だって私みたいな小娘をひっかけて何が楽しいわけ?
お金持ちでそれなりに顔がいいんだから、女なんて選びたい放題のはずだし。
お金も持ってない平民家庭の私をどうこうするなんて考えられないわ。」

「でもね、サチ。もうちょっと危機感ていうものを持たない?」
咲乃は理性では私の話に納得しながらも、やっぱり納得できなそうな表情だった。
「あの人は大丈夫な気がするの。」
私の第六感は私を裏切らないと、過去の経験から知っている。

「また連絡するって言ってたから・・・ねぇ、今度会う時に来ていく服選ぶの手伝ってくれない?」
私が笑ってそういうと、咲乃は深い溜め息の後頷いてくれた。




























「ゆーくんv」
俺は嬉々としながら電話をしていた。
相手は不機嫌大王様だ。

『・・・・切るぞ。』
「ちょっと待てよ!」
『あいにく俺はお前みたいに暇じゃないんだ。』
つき放つような言い方をされても、俺の機嫌は全く悪くならない。

「今日はお礼の電話だよ。ありがとう。彼女とのデート取り付けた!」
『・・・へぇ。よくお前みたいな軽いのに・・・』
「軽いとか言うな!でもまさか女子高生とはなぁ・・・まぁ17だけどさ。」
裕也から報告書をもらったときは正直驚いた。
大学生くらいだと思っていたし、それなりに上品だったから小さな会社の社長令嬢だと思っていたのに。
やっぱり女は化粧で化けるものなのだ。


「それにしても世間って狭いな。・・・・咲乃ちゃん、だっけ?」
俺がにやりと笑っているのがわかっているのか、バツの悪そうな声が聞こえた。
『・・・俺には直接関係ない。』
「でも加村のお嬢さんだろ?お得意様だし、両親同士は仲が良かったらしいじゃないか。」
『うちのはもういないし、加村もそれなりだが、うちほど力があるわけではない。』
「うわー、事実だけど当人が言うとなんか嫌な感じ。」

事実、数年前から加村は下り始めている。
とはいえ名の知れた家であることは変わりない。
「なんだかおかしな組み合わせだよなー。面白いけど。」
『あっちは一応未成年だから、変な真似をするなよ。』
「心得ておきまーす。ホント助かったよ。今度時間が合えば食事でも行こうぜ。」

『・・・考えておく。だが食事でお前を慰めるのは御免だからな。』
「・・・・・怖いこと言うなよ。」
『じゃあな。』
一方的に冷たく切られた。・・・もう少し俺に対しての礼儀を見直して欲しい。


「あ、お電話すみましたか?」
俺のデスクの前にいた秘書の秋山がやっと話せるという表情をしていた。
秘書ならもっと表情隠すの上手くなったほうがいいよ。

「あぁ。で、何?」
「変更した来週のスケジュールです。ご確認ください。」
差し出された紙を眺めながら、俺は来週の予定を頭の中に入れていた。

「・・・・何かいいことありました?」
「・・・・そんな顔してる?」
秋山は苦笑しながら頷いた。
来週のことを考えていたせいか?

「・・・・・うん、良いこと・・あるよ。」
顔が崩れないように気をつけながら、俺は笑った。





















(胸が高鳴るのは誰のせい?)






























SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送