考えるのはあの人のことばかり。


ニュースで梅雨入りしたと伝えていた。
湿気が多く空も晴れないこの季節は、気分も滅入ってくる。
運よく窓側の席である私はぼんやりと雨の街を見ていられる。


『・・・・・・・付き合わない?』

その言葉が私の頭をぐるぐると回る。

軽くも重くもない口調だった。
冗談なのか本当なのかわからない。



あの日、あのまま私達は車に乗り込んで一言も喋らないまま私の家に着いた。

『あの、今日はごちそうさまでした。・・・おやすみなさい。』
助手席のドアを閉める前にそっと言うと、玲さんは不敵に微笑んだ。
『君をからかうならもっと面白い言葉を使うからね。・・・・おやすみ。』
その言葉に私の頭はフリーズした。

気がつけば一人ぼんやりと家の前に立っていた。


それは、あの言葉はからかいではないという意味?
でも本当に、あんな人が私にあんなことを言うんだろうか。
あまりのことに親友である咲乃にも相談できなかった。


あの日から一週間。私はそのことばかり考えている。




























ふぅ。

「・・・・珍しいな。」
「へ?何が?」
怪訝そうな顔つきの裕也に、俺は首を傾げた。

ここは都内にある俺と裕也の気に入っているバーだ。
落ち着いた店内と、夜景をぼんやりと眺められるとことが好きだ。
酒はそこまで好きじゃないから、夜景を見てゆっくりと喋って、ちびちび酒を飲む。

「・・・お前気付いてないのか、自分が溜め息をついたことを。」
見下すような視線で見られ、俺は自分の無意識の行動に驚いた。

「・・・俺、溜め息ついたのか・・・?」
「とうとう物忘れが始まったか。」
見捨てるような口調に、俺は内心焦った。
物忘れなど関係なく、自然と溜め息をついてしまう自分に。


「・・・・あの子か?」
裕也には一つの溜め息でそこまでお見通しなのか?
親友の鋭い洞察力に嘆息した。
「・・・・・お察しが宜しいですね。さすが親友。」
「お前と親友になった覚えはない。」
気色悪いという感情を隠すことなく顔に表してくれた。

「・・・つれない・・・」
泣きまねをしたら本気で店を出ようとしていた。
相変わらず冗談の通じない奴。

「別に話したくないのなら構わないがな。」
「・・・話したくねぇから話さねぇ。」
「そうか。」
裕也は本当に興味なさそうにまた酒を飲み始めた。
さっき俺が話を逸らしたことに気がついていたのだろう。

今回のことは俺がかっこわるいので恥ずかしいし、
裕也に話したらきっと余生までそれを弱みに脅されそうだから話すのはやめておいた。
裕也に指摘されて、思考の中に彼女が舞い戻ってきた。
仕事の時以外俺の頭の中に居座り続けるのは勘弁して欲しい。


「どうするかなぁ・・・」
先走った自分がいけないと思う。大失態だ。
この年で九歳も年下の女の子に悩まされるとは、思ってもみなかった。


そう思うとまた溜め息が出て、裕也から呆れた視線をもらった。












今日は久しぶりに早く仕事が終わった。
といっても九時すぎなのでなんともいえないが。
これからどこかへ飲みに行く気も起こらないし、さっさと家に帰って眠ろう。

そう思って席を立ったとき、胸ポケットの携帯が震えた。
裕也だろうかと取り出して見てみると、意外な名前が書かれていて目を見開いた。

「もしもし?」
『――――――もしもし、あの・・・小池倖ですけど。』
気まずそうな声に俺はすぐに平静を取り戻した。

「うん。俺だよ。」
『あ、はい・・・こんばんは。』
「こんばんは。どうかしたの?」
出来るだけ優しい口調で聞く。

『あ・・え・・と・・・今、お話しても大丈夫ですか?』
電話の向こうで硬い表情をしている倖を想像すると、つい笑ってしまうそうになる。
「大丈夫だよ。ちょうど仕事が終わって今から帰ろうと思ってたところだ。」
たぶん俺が忙しいと思って九時なんかに電話したんだろう。
礼儀に正しそうな彼女が夜遅くに電話することはない気がした。

『あ、それはよかったです。』
ほっとしたような声に、自然と笑みが浮かんだ。
また椅子に座り、じっくりと彼女の言葉を待った。

『・・・あの、今日は・・・この前のことを聞きたくて電話したんです。』
先程の気まずさとは違い、芯の強そうな声がした。
「・・・・何が聞きたい?」
『・・・・あの言葉は、本気なんですか?』
ここまでストレートに聞いてくるとは思わなかった。
結構度胸の据わった子なのかもしれない。




確かに俺が倖に対して言うのには、からかっているように聞こえるかもしれない。
だがそれは心外だ。
からかい半分であんなこと言うほど俺は軽くない。
俺もまだ信じきれないが、たぶん俺は彼女のことが好きだ。

「たぶん」というのは、俺の戸惑いもある。
九歳も下の子を好きになるということ自体が信じられない。
それに、まだ二回しか会っていない。
けれど・・・


『私、そんなこと気にしませんから。』


強い意思を持った瞳と言葉。

その一言に俺の心はどれだけ解かされただろう。
話すときに感じる心地良さと、彼女の存在の温かさを手放したくはなかった。




「・・・本気だよ。信じてくれないかもしれないけどね。」
自分で言って苦笑した。すぐに信じろという方が無理な話だろう。
『・・・・・』
電話の向こうでは動揺が感じられた。
『・・・でも、私達まだ二度しか会ってないんですよ?』
「そうだね。けど、君の良さはわかっているつもりだよ。」

会った数は少なくても、彼女の良いところは多く見つけられた。
もちろん悪いところも。可愛いところも。
さっきだって、実は肝が据わっている子だとわかった。
これからどんどん彼女のことを知っていくのが楽しい。

「・・・気を急いだことは反省してるよ。
会って二度で、苗字も知らない相手に付き合って欲しいなんて言われたって困るよな。ごめん。」
冷静に考えると俺はとてつもなく馬鹿だ。
『え・・いえ・・・』
「あの言葉は本気だけど、返事は急がなくていいよ。倖の心が決まった時、いつでも言って。」
『・・・・・はい。』
返事はまだ戸惑いを帯びていた。仕方がないことだ。


「改めて自己紹介するよ。俺の名前は吉川玲。年は今年で二十六。
誕生日は4月26日でAB型。他に質問があればいつでもどうぞ。」
『え?!!に、二十六・・・?!』
予想通りの反応が返ってきた。
裕也曰く俺は二十前後に見えるらしい。
童顔であることはいいのだが、仕事で若いと思ってなめられるのは気に食わない。

倖の驚きが引いた頃に口を開く。
「これからも時々食事に誘っていいかな?
・・・年上の友人だと思ってくれていいよ。別に何もしないし。」
一瞬躊躇うような雰囲気がしたが、『玲さんが宜しければ』と言った。




それから少し喋り電話を切った後、俺はぼんやりと天井を眺めた。

たぶん俺の最大のライバルはあの指輪の持ち主だろう。
もしかしたら、今もそいつのことを思っているのかもしれない。
そいつが誰だか知らないが、負けるつもりはない。

とにかく今は倖と過ごすことを楽しもう。
少しでも俺のことを知ってもらいたい。
そのためには仕事を頑張って、時間を空けなくてはならない。

つい溜め息が零れそうになったが、飲み込んだ。
これからのことを考えながら、俺は立ち上がって会社を出た。





















(この気持ちをどうすれば君に伝わるかな)






























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