私は一つだけ、親友であるサチに隠していることがある。



始まりは私が小学五年なったばかりのときの、父から衝撃の言葉だった。


「咲乃、今週の日曜にお前の婚約者に会ってみないか?」


本当に驚いた。
驚きのあまり声も出なかったし、席から意味もなく立ち上がってしまったくらいだ。


「咲乃、座って紅茶でも飲んだから?おいしいわよ。」
呑気にメイドから受け取った紅茶を飲みながら母は私に言ったが、呆然としていて反応できなかった。
母は娘に婚約者が出来るからといって全く動揺していない。

私はお金持ちが嫌いだったけど、両親のことは尊敬していた。
だから私の意志に反した「婚約者」なんてものを勝手に作っているなんて裏切りに等しかった。

「お父さん、どういうこと?私そんなこと一度も聞いてない。」
平然とした母に従うのは癪だったがとにかく座って、父を睨みつけた。
しかし父は穏やかな表情のままだった。


「実は昔にね、父さんの友達と約束したんだ。」
「約束?」
懐かしそうに目を細める父に、私は思わず問い返した。

「自分たちの娘と息子を結婚させて、親戚になろうってな。」

そう温かな声で言った父の表情はなんともいえなかった。
その時の幼い私には計り知れない父と友人の絆が見えた。
だがそれはまだよくわからなくて、ただ父は友達のことが大好きなのだとぼんやり思った。

が、すぐに私は我に返った。

「で、でもそんなのあまりにも勝手だよ!!」
「まぁそう言うな。もちろんお互いの意志も考えている。会うだけ会ってみないか?
・・・実をいうと、父さんの友達はもういないんだ。」
「・・・・いないって・・・?」
寂しそうな父の笑顔になんだか怖くなって聞きたくなかった。



「もう三年前に亡くなったんだよ。」


















春だったため、婚約者の家は花に包まれていた。
うちの家もちょっとだけお金持ちで家が大きいけど、うちと比じゃなかった。
これが大金持ちというのかな・・・と門から屋敷を見上げて思った。

門から歩いて、庭で会うことになっていた。
綺麗なお花の中を父の後ろについて歩いて行く。
父は明るい色の背広にノーネクタイで、本当に友達に会いに行くという格好だったけど、やっぱり緊張した。

私はその年で十一歳になるばかりだった。
婚約や結婚なんて遠い未来だと思っていたし、
厳しい家でもないので許婚なんて大金持ちがやるものだと思っていたのに。
しかも相手は五歳も年上で、今は高校一年だそうだ。小学生の私にとってはとてもお兄さんだ。
初等部のクラスメイトの男子みたいに親しくできるわけがない。

着せられた白のワンピースも嫌だった。
私はその当時から男の子っぽい格好が好きで、根っからのズボン党だったのだ。
裾のリボンがヒラヒラすることが妙に気になった。
朝から肩にかかる髪が跳ねてないかずっと気になっている。



歩いて行くと少し開けた場所に出た。
紅茶を飲むような小さなテーブルと椅子が置いてあった。
けれど、誰もいない。

「どうしたのかな?」
父は小首を傾げた。私はなんだか拍子抜けした気分で、息を大きく吐いた。
その仕草に父は小さく笑った。

「緊張することはないよ。友達になっておいで。」
「でも、高校生なんでしょ?私みたいな小学生を相手にしてくれないんじゃないかな・・」
自分で言って、また自信がなくなってきた。
気分が沈んでしまって俯いたとき、足音が近づいてきた。

「すみません!お待たせしました!」
走ってきたのか、少し髪を乱してパンツスーツを着た女性が現れた。
もう二十歳を越えているようで、キャリアウーマンに見えた。
そして色素の薄い髪に澄んだ青い瞳。長身に抜群のスタイル。整った顔立ちに私は息をのんだ。
こんな綺麗な女の人を見るのは初めてだ。

「全く待っていないから気にしなくていいよ。君も忙しいのに私が我が侭を言ってすまなかった。」
父の口調はまるで実の娘に話すように温かかった。
女性は父の表情を見て顔を柔らかくした。

「いいえ、私もこのところ小父様にお会いできなくて寂しかったんですよ。」
「嬉しいことを言ってくれるね。また見ないうちに美人になって、私は近寄りづらくなる一方だよ。」
「そんなことありませんよ・・・あ、咲乃ちゃんですね。初めまして、橋内蓉子です。」
蓉子さんは私に微笑みかけた。その笑顔はとても綺麗で、私は顔が赤くなってしまった。

父はそれに可笑しそうにくすくす笑って私の頭を撫でた。
「ちょっと照れ屋なんだ。」
それに蓉子さんも微笑してから顔色を曇らせた。
「うちのもそうなんですよ・・・もう十六なのに仕方ないです。
もうすぐ来ると思うんですけど・・・」




「加村さん、蓉子ちゃん。」



低い声なのに、どこか歌声のように澄んでいた。
振り返ると私は呆然とその人を見てしまった。もしかしたら口が開いていたかもしれない。

一瞬、庭にいる天使かと思った。
太陽の光に輝く金色の髪。どこか鋭さを持つブルーの瞳。
身長は私より高いが、父や蓉子さんほどではなかった。
しかし、すらっとした体型に絵本に出てくる王子様みたいにかっこよかった。


あまりにも見惚れていて、蓉子さんが一瞬眉を顰めたことを父のように気付きはしなかった。


「咲乃ちゃん、紹介するわ。私の二番目の弟で陵也っていうの。」
父はそっと私の背を押したが、彼が神々しく感じて近づけなくて足を踏ん張ってしまった。
「陵也、この子が小父様の娘さん。咲乃ちゃんというのよ。」
「・・・初めまして。」
彼は視線を落として私に優しく挨拶した。
「は、はじめまして・・・」
私と彼の身長差が二十センチはあったので、ずいぶん見上げなければいけなかった。

「陵也、咲乃ちゃんと庭で遊んできて。私と小父様はここでお茶を飲んでお喋りしているから。」
「はい。・・・・行こうか。」
「・・え?・・あ、はい・・。」
私を一瞥するとすぐに歩き出してしまったので、私は父を気にしながらも急いでついて行った。









柔らかな風が吹き、とてもいい天気の日に私は小走りで王子様についていっている。
まるで不思議の国にきたみたいだった。
さっきの場所からずいぶん離れたとき、王子様は後ろを振り返った。

「・・・何して遊ぶ?」
柔らかい言葉とは裏腹に瞳は鋭く、凍えていた。
それがなんだか怖くて、私は小さな声しか出せなかった。
「あ、あの・・・遊ぶよりおしゃべりしてもいいですか・・・?」
きっと高校生なのに小学生と遊ぶなんて罰ゲームみたいなものだと思う。
それだったら喋って適当に時間を潰したほうがいいと幼い頭でそう考えたのだ。

「・・・いいよ。座れば?」
彼はその場で腰を下ろした。
それに私も白いワンピースを着ていることなど忘れて芝生にお尻をつけた。

私はなんとか話題を提供しようと、必死でいろんな話をした。

学校でのおかしい話。家で起こった小さな事件。ここに来るまでの話。などなど。
それに彼は全部笑ってくれたけど、綺麗な笑顔だったけど、私は必死で彼を笑わせようと思った。
なんでかよくわからない。ただ、彼の瞳はまだ凍ったブルーをしていた。

話題もつきて、沈黙が訪れた。
私は必死で何か面白い話題はないか探していたが、もう話しつくしてしまった。
こんな良い天気で、素敵なお庭で、本当なら上機嫌なのに私の心は沈んでいくばかりだった。
だって、彼はなんだか怖い。






三年前、お葬式に行ったのは少しだけ記憶がある。
みんな真っ黒で怖くて、大きな写真に写っている人達は幸せそうに笑っている。
それと正反対に暗く重たい雰囲気が苦しかった。
父には会えなくて、母についてまわっただけだったがなんだか不気味で早く帰りたいとせがんだ。

それが、今目の前にいる人の両親のお葬式だ。

その時はまだ十三歳なのに、突然両親が死んでどんな思いをしたのだろう。
幸せな環境にいる私にはわからない。
どれだけ深い悲しみなのか、どれだけ苦しいのかわからない。

そんな苦しみを彼はまだ引き摺っているのだろうか。






彼は私を見ずにぼんやりと庭を見ていた。
まるで私がいないような、綺麗すぎて別世界の人みたいだった。
ちゃんと、私のことを見て欲しい。私を見て喋って欲しい。
そう思った。


「あ、あの・・・・」
「ん?」
彼は私に視線を戻した。



「友達になってください!!」





真剣な私の顔と対照的に、彼は目を丸くしてきょとんとした顔をしていた。
それから彼は可笑しそうに笑った。年相応で、少年みたいな笑顔だった。

私はその笑顔に、見惚れてしまった。
王子様みたいな笑顔よりも、この顔の方が好きだった。
そして、この笑顔を誰にも教えたくなくなった。




サチにだって教えられない秘密。

「顔も知らない婚約者」なんて嘘。

私は彼に出会ったその日から、彼を思い続けているのだ。





















(気付いてしまったの)






























SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送