死ぬほどの痛みを味わって死ねなかった私は


















雨の雫



















雨だ、と誰かが言った。
そういえば空が暗いと思った。けれど今日は傘を持ってきていない。
「濡れて帰るの〜?」
「私置き傘してるから入れてあげるよ。」
「やったー。」
今日は部活動がないので生徒はすぐに帰る。どんどん教室から人が去っていく。

通り雨の可能性が高いので私は鞄から本を出し、読み始める。
教室に残っているのは私と四人の女子生徒だけ。
「ねぇねぇ、この前美沙が東城くんにコクったって知ってる〜?」
なんで女の子はこういう手の話が好きなんだろう。人の恋路なんてどうでもいいのに。
「うそー。はっきり言って美沙なんかじゃ東城くんの彼女にはなれないでしょー。」
「だよね、ちょっと性格悪いしー。」
「あんま可愛くないしねー。」
これだから、嫌なの。友達なんて対人関係なんて。

「でも東城くんこれで何回目だろうねー。」
「数え切れないほどだろ。」
「まぁカッコイイし、クールだしねー。」
キャアキャア言いながら『東城くん』について語り始める。
私は本の文字を眺めながら東城聡を思い出す。

私と同じクラスで生徒会長の東城聡。
軽い近眼らしくて眼鏡をかけていて、それなりに顔が良い。
それでもってクールだし勉強できるしで先生からも受けがいいし、ガリ勉というタイプでもない。
下級生の憧れの的にもなってるらしい。

やがて彼女たちも教室を出て行き、私は一人になった。
部屋が明るいと教室が広く感じて寂しい。・・・・電気を消してみようかな。
パチという音と共に辺りは薄暗くなる。外は少し明るい。
雨の音と私の身動きの音しかしない。
静寂と薄暗さは私を安心させる。瞳を閉じる。


ガタ、
驚いて音の方向を見るとドアが開いて、そこには東城聡が立っていた。
そして、不運にも目がばっちり合ってしまった。
何をしにいたんだろう。とにかく電気をつけたほうがいいかな。
電気をつけると、彼の全身がびっしょり濡れていることがわかった。
「・・・・どうしたの?」
か細い声しか出なかった。でも、このままじゃ風邪を引いてしまう。冬の雨は冷たい。

「・・・・・・別に。」
こちらも聞き取りにくい声で言われ、彼は髪の先から雫を落としながら自分の机に向かう。
私も自分の机に向かった。そして鞄からハンカチを取り出す。
「これ、使って。」
背の高い彼なので肩の位置に私の頭があるので見上げなくてはならない。
彼は一瞬嫌そうな顔をした。
その瞬間、私は彼の思っていることをわかってしまった。そしてとても嫌な気持ちになった。

「別に下心なんてないよ。それにこのままじゃ風邪ひいちゃうでしょ。生徒会長が風邪ひいたら大変じゃない。」
きっと彼の手に持っているのは生徒会の書類だろう。生徒会の仕事で下校していなかったに違いない。
彼は告白されることに慣れている。彼にとって女子なんて嫌な対象でしかないのだろう。
下心が100%ないと言えば嘘になるだろうがせめて98%くらいないとは言える。
私の言葉に彼は少し驚いた顔をしたが、そっと私の手からハンカチを取った。

私は鞄を持ち、教室を出て行こうとした。
雨の音は続いていたけど、これ以上いてはいけない気がした。
「・・・・・・お前さ、」
私は振り返らなかった。振り返ったら、全て知られてしまう気がして。
見透かされたような視線だけでも怖かった。
「俺のこと嫌いだろ。」
馬鹿にしたような、でもそれにしては確信の持った声だった。

「・・・・なんでそう思うの?」
「男の勘。」
普通女のカンって言うんだけどな・・・・。
雨の音しか聞こえない、静寂した教室。
生徒の騒いだ声など聞こえない廊下。
全ての温度が下がったような冷たくて静かな校舎。
私は、この時間が好きだ。

「・・・・・嫌い、ではないわ。」
彼の顔を見ずにそう言った。普通の口調で。
「貴方みたいなタイプって昔から苦手なの。皆から注目されてるスターって。」
恋に似た憧れの感情が外野のせいでうまれてしまいそうで。それは錯覚なのに。
すぐ目の前に廊下があるのに、帰ればいいのに、私の足は動かなかった。
「嫌なことでもされたんだ?」
私の全てを見抜かれた気がした。
私は振り返った。彼はなんの感情も見せずに私を傍観しているように見えた。

「・・・・・そうね。」
私は目を伏せ、失笑した。肩にかけた鞄のひもを握り締めた。
遊びにしては卑劣すぎた。いや、彼らは最後まで遊んでいたんだろう。
私で。
昔は友達だって大勢いたし、こんなに無口でもなかった。明るくてすべてが輝いて見えていた。
でも今は、すべてがこの校舎のように薄暗くて冷たい。

視線を上げると彼は窓の外を見ていた。私も見ると、さっきより雨が増していた。
これで傘なしで帰ったら全身びしょ濡れでそれこそ風邪をひくだろう。
「・・・・・傘、持ってないの?」
「小さな折り畳みならロッカーにある。」
別に私は彼が嫌いなわけではない。
確かにあの人と同じような存在だがその存在を嫌うのはお門違いだ。
彼が私に嫌なことをやったわけではないし、喋ったこともないのだから。
ただ、昔のことを思い出してしまうから苦手なだけ。

「帰ったら?」
「そうだな。」
彼は私の横を通って、廊下に出た。
「なぁ、」
私は振り返らなかった。窓についている雨の雫をぼんやり見る。
「お前は笑ったほうが可愛いと思うけど。」
窓についた雨の雫のひとつが、つぅと流れた。



もう二度と、恋などしないと決めたのに。





























私と貴方が交わした小さな言葉たちは雨と共に流れていく
















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