雨は好きだ。
まるですべてを洗い流してくれるように降り、周りを静かにしてくれる。


















12月の雨



















クリスマスムードが高まる中、雪は降らないのかと私は密かに期待していた。
東京に住んでいるため積もるほどの雪を見たことはないし、12月でも滅多に雪など降らない。
雨も好きだけど、どうせなら季節感を出して雪でも見たい。

「ねぇねぇ、イブにみんなで集まろうよ!」
「いいね!カラオケ三昧とかよくない?」
クリスマスが終わればもう年末。あっという間に新年になってしまう。
そういえば去年のクリスマスは・・・・

「江頭、」
呼びかけられた声に私はとても驚いた。視線を上げると予想通り東城聡がいた。
何故声をかけるのか、ということと私の名前を知ってることに驚いた。
「・・・・何?」
一ヶ月ぶりに喋る。あの雨の日以来だ。
これで彼と喋るのが二度目だと思うとなんだか可笑しな気持ちになる。

「いつも生徒会の行事でクリスマスダンスパーティーってあるだろ。あの出欠席の紙、お前まだ出してないだろ。」
「・・あぁ・・・うん。」
この学校の毎年の恒例行事でクリスマスダンスパーティーというのがある(実際やるのはクリスマス前だが)
高校一年の私たちはまだ未体験なためほとんどの人が出席するみたいだ。
パーティーにまつわるジンクスなど噂でちらほら聞いている。
そういう人がいっぱい集まる行事は苦手なので興味がなく欠席の紙を書くのをすっかり忘れていた。

プリントをしまっているファイルをみるがそのプリントは見当たらない。
失くしてしまったのかな・・・。
「ごめん、プリントどっかにいっちゃってないんだけど・・・・私欠席するよ。」
口で言っても問題ないだろう。
彼は私を無表情で見下ろしていた。
「・・・・なに?」
無言の彼に私は訝しげに言った。

「いや、こういう行事って嫌いそうだなと思って。」
顔が良いのだからそういうことを言わなければいいのに。
きっとこの人に告白した人はこっぴどく振られたに違いない。
「・・・・・・わざわざ口に出さなくてもいいじゃない。」
ほらまた、茶色い瞳は私を見透かすように見ている。


「そうやっていつも逃げてるんだと思っただけだ。」


冷たい言葉が私の奥底に突き刺さった。
彼はそう言うと自分の席へと戻っていった。



午後の授業は全く聞いていなかった。
ただずっと彼の言葉が頭の中で繰り返し聞こえ、ずっと考えていた。
自分が逃げていることは知っていたけど知らないふりをしていた。
面と向かってそんなこと言われるのは初めてだし、彼は私を傷つけるために言ったのか私のために言ったのかわからない。
けど、少なくとも私はこれから何かをするべきだ。
私のそういう部分を気づいてくれる人がいるなら・・・・私は・・・・

胸がちくりと痛んだ。
それは彼から言われた言葉のせいではなく、私の彼への思いのせいだろうか。

なんで私はいつも馬鹿みたいな恋をするんだろう。







下校時刻がもう間近に迫るころ、私は生徒会室のドアをノックした。
ドア越しから返ってきた声は昼間聞いた声と同じだった。
ドアを開けて顔を覗かせると椅子に座っている彼しか部屋にいないことがわかった。
彼は少し驚いている顔をしていた。

「なに?」
「・・・・これ、渡しに来たの。」
少し皺の寄った、小さな紙。
彼はそれを手にとって見ると口の端を上げた。
私が必死に探してロッカーの中でくちゃくちゃになっているプリントを見つけたのだ。
「・・・・・・出席するのか。」
その紙に私は確かに出席の字に○を書いた。

「うん。私、逃げないよ。」
まっすぐ、彼を見る。
茶色の瞳はまだ少し怖いけど、逃げてはいけないのだ。
彼は私を正面から見ている。だから私も彼を正面から見なくはならない。
それから、初めて私と彼は同じ位置になれる。

「・・・・・会費500円。今持ってる?」
「・・・うん。」
鞄も一緒に持ってきてよかった。私は財布から500円玉を取り出して渡す。
指が彼の手に触れることはなかった。
「パーティーといっても制服のままで立食とちょっと踊るくらいだから。」
「・・・・わかった。じゃあ・・・さよなら。」
私は彼に背を向ける。一週間後のパーティーに今から緊張してしまう。
本当に行けるだろうか?人がいっぱいいて気分悪くなったりしない?

「なぁ、」
私は立ち止まった。彼の次の言葉を待つ。
「本当に来れるのなら最初から最後までずっといろよ。」
何故この人にそんな命令のように言われなければいけないのだろう。
でも、受けてたとうではではないか。
「いいよ。ちゃんと見ててね。」
私は振り返り、不敵な笑みを浮かべて部屋から出て行った。








ざわつく体育館。人の波。
最初の段階で気分が悪くなってきた。この篭った生暖かい空間から早く出たい。
『これからクリスマスダンスパーティーを始めます。みなさん、一時間楽しんでください。』
彼の綺麗な声がマイク越しに聞こえてくる。そしてダンスの音楽が流れ始める。
一時間などダンスを少し踊って友達と喋っていればあっという間だろうが私はそんなことしないので暇だ。
壁に寄りかかり、ダンスをする男女を見る。
少し下手なカップル。ちょっと照れたカップル。どの男女も楽しそうにしている。

そういえば去年のクリスマスはあの人を寒空の中四時間も待っていたっけ。
その後風邪も三日も寝込んで、あの人には馬鹿にされた。
ホント、自分でも馬鹿だと思った。あの人が来ないことくらい私にだってわかっていた。
けれど少し期待していた。もしかしたら来てくれるかもしれないという馬鹿な期待をしていた。
私の予想通り、あの人は待っても待っても来なかった。

完全に体が冷えてもあの人は来なくて少し泣きそうになった。
行きかうカップルは皆温かそうでとても羨ましかった。
冷たい体を温めてくれる人は私の前に現れることはなかった。


ぼんやりと考えていたらパーティーは終わっていた。半分眠っていたとも言える。
彼の姿は帰る生徒達で見えず、私も体育館を出た。
冷たい空気が疲れた心を払ってくれるように吹いた。
いくら冬服といってもコートなしでは寒い。
体育館から校舎を繋ぐ階段の真ん中ほどの段に私座った。風が私の体温を奪っていく。
体育館からは生徒会の後片付けをする音が聞こえた。

なんとなく、彼を待ってみたかった。

それは私の自己満足で、今年はそうでないと思いたかったからかもしれない。
けれど単純に彼を待ちたかった。
彼なら来てくれるかもしれないと根拠のない期待を持つ。
そういえば去年もそう思っていたかもしれない。

私ってなんて馬鹿なんだろう。
そう思いながら、私は彼を待った。









「おい、おい。江頭!」
瞼を持ち上げるとそこには呆れた顔をした彼がいた。
雨の音がする。やっぱり雪にはならないのか。
体育館と校舎を繋ぐ階段に屋根があってよかったなぁと私は関係ないことを思った。
「お前さ、馬鹿だろ。なにやってんだよ。」
もう一度彼を見ると、辺りが薄暗いことに気がついた。今何時なんだろう。

「・・・・貴方を待ってたの。」
私はそう言ったら何故か笑みが零れた。
自分でも自分が馬鹿だと思ったからだろうか。
彼は少し目を見開いたが、すぐ呆れた顔に戻った。
「あのな、12月なのにこんな寒い外でコートなしで待ってる馬鹿なんてそうそういないぞ。それも寝てるし・・・普通帰るだろ。」
彼が溜め息をつくと白く跡を残し、すぐに消えた。そういえば寒いなと今頃思った。
「そうね。」
私が笑うと彼はまた溜め息をついた。

「とにかく、帰るぞ。」
私と目線を合わせてしゃがんでいた彼が立ち上がり、私も立ち上がろうとするが眠っていて体が硬くなったのが、すぐには立てなかった。
「ほら、」
とてもめんどくさそうに手を差し伸べられ、私はその手にそっと自分の手を乗せると強く握り締められ、引っ張り上げられるように立ち上がった。

「うわ、手冷たいなー。こんなところにずっといるからだよ。」
彼の手は温かかった。少し、胸が高鳴る。
「そういえばお前ちゃんと来てたじゃん。」
にやりと笑った彼の顔はとても眩しく感じた。


―――――――あぁ、私は、

「ねぇ、」
「ん?」
彼が振り向く。




「好き。」




彼は少し驚いた顔をした。
私はその顔が新鮮で自然に笑みを浮かべた。

そして、繋いだ手を離した。


「ただそう言いたくなっただけだから気にしないで。」
そう言って私は階段を降りて暗い校舎に入った。



私は一度も振り返らなかった。






























また続きっぽくなってしまった・・・。















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送