霞む頭と君の微笑みと





















シャボン玉





















「・・・・・なんだ、来てたのか。」
夏はもうすぐ終わる。残暑は厳しく、蒸し暑かった。
この部屋も、例外ではない。
大きな熊のぬいぐるみの感触を感じながら私は上から降って来る声に耳を傾ける。
「すいか食うか?」
横に誰かが座った。
「・・・・いい、ありがと。」
目を開いて横を見ると、予想通りの人物が座っていた。
「どうした?」
「んー、別に。」
ゆるく笑うと彼も微笑した。

この年で部屋で男女が二人きりで何も起こらないなんてすごいことなのだろうか。
と、中学二年から思っていた私はませたガキなんだろうか。
そんなこと一度も起こらずに、私は高校二年の夏の終わりをこの部屋で過ごしている。
まぁ、休日のときは大抵ここにいるけど。

不幸自慢は嫌いだ。まぁ不幸というか自分が悪いんだけど。
私は昔から不器用で、上手く自分の気持ちを人に伝えられなくて、よくイジメに合ったりしていた。
親しい友達もいなくって、今でも一人か二人くらい。別に寂しくないから大丈夫。
それと親がいい加減な奴だったのは私の運が悪かったんだろう。
かっこいい言い方すれば放任主義、なんて言えるけどほったらかしすぎだろ。
愛情を感じたことはあんまりない。

そんなこんなで私はあんまり寝れない子に育ってしまった。
いっつも眠くてぼーとしてるけど、寝たくても寝れないのだ。
自己分析だけど、たぶんほっとする場所がないからだと思う。
いつも家では一人で寂しくて、お母さんと一緒に寝た記憶もないわけで、心からほっとする場所が家にはないんだと思う。
相変わらず三時間か四時間しか寝れていなくて眠くてぼけーとしているが、私には珍しいほどぐっすりと寝れる場所があるのだ。

それは・・・・

「ねー、かおりん。」
「かおりんて呼ぶな、バ香乃。」
槇野 薫。こいつの部屋だとぐっすり寝れるのだ。
まぁいわゆるお隣さんという奴で、学校は違うけど同い年だったので昔から仲良くしている。
家と家の間が狭く、私と薫の部屋のベランダはもうすぐくっつきそうなくらい近い。
そのため昔からお互いの部屋は出入り自由になっている。
「そんな怖い顔しないでvかわいい顔が台無しだぞ、かおりん。」
「お前ホントむかつくなぁ!」
ぷいっと背を向けてしまった。いじられるとすぐそうやる癖は変わっていない。というかそういうところが可愛いんだって。

かおりんとは私が小学校の頃ふざけて呼んだのが始まりだ。
当時の彼は女の子よりもかわいくて、目もくりくりきらきらしていたのだ。
なんでもおばあさんが外国人だそうで目はクオーター(四分の一)で、髪も色素薄くって金髪も混じっているので可愛らしさ倍増。
だけど中学に入ってからなんだか男らしくなってしまい、学校でモテモテ(死語)なためラブレターを発見してしちゃったもあったっけ。

「・・・・おい、いつものように目がぼんやりしてるぞ。何見てんだお前は。」
熊に抱きついて寝転んでいる私を見下すように彼が低い声で言った。
そういえば昔は高くてかわいい声だったのにすっかり低くて男っぽくなってしまった。
目だってくりくりきらきらじゃなくて奥が鋭い感じの人を見比べるような目になっちゃったしね。
どこで純真ラブリー少年からすれたかっこいい男になっちゃったんでしょ。
「過去の薫を見ていたのかな?」
「疑問系かよ。ホント頭大丈夫かお前。」
呆れた顔も麗しいと思うおなごもいるんでしょうね。
「薫くーん」とか語尾にハート飛ばして話しかける女子とかいるのかな。

私の頭はいつも熱にやられたみたいにぼやーとしている。例えていうなら霧にかかったみたいに。
霞んでいて、奥底の何かが見えない。そんな感じ。
あー、なんだかウトウトしてきたなぁ。
徐々に視界が狭くなっていく。薫の顔がぼやける。
遠くで呼び鈴がなっている。薫がどこかへ行ってしまった。
私は完全に目を閉じた。


理由はわからないが、薫の部屋で熊のぬいぐるみを抱き枕にしていると自然と寝れる。
まぁ、昼寝程度しか寝れないがぐっすりと眠れる。
薫の部屋という空間や雰囲気が好きなのかもしれない。
安心、しているのだろうか。



目を開けると明るかった外が少し暗くなっている。夕焼けが近いかもしれない。
薫はいなかった。
机に手紙が置いてあるのがわかった。おそらく、ラブレター。
あの呼び鈴は女の子だったのかな。
そういえば私は恋をした記憶がない。ましてやラブレターなんて書いたことあるわけない。
ゆっくり立ち上がり、薫の机に近づく。
するとある物を見つけて頬が緩んだ。

シャボン玉。
昔、はまって毎日やっていた。もちろん薫ともやった。
今置いてあるシンプルで典型的なこのシャボン玉液はいつのだろう。
まだ、使えるかな。




















帰り道、俺の部屋のベランダからシャボン玉が浮かんでいるのが見えた。
「おかえりー。」
気の抜けた声で返事をするのは隣に住んでるバ香乃もとい木村 香乃。
いつもと変わらずぼんやりした瞳でシャボン玉を見つめている。いや、本当は見つめていないのかもしれない。
時々俺はこいつが何を見ているのか知りたくなる。
焦点の合わないその瞳で、何を見ている?

「おい、それ俺のだろ。」
昨日昔あったシャボン玉を見つけて懐かしくて机の上に置いた物だ。
「使っちゃ駄目だった?別にいいでしょ。」
「まぁそうだけどさ・・・」
小さな輪に息を吹き込みどんどんシャボン玉を作っていく香乃。
そういえば昔ものすごくはまっていて毎日やっていたな。
空に上がっていくシャボン玉はとても綺麗だった。

「なんかさ、シャボン玉って地球みたいだよねー。」
こいつの意味不明な発言にはもう慣れてしまった。
いちいち答えずに次の言葉を待つか聞き流すことも慣れてしまった。
「でもさ、なんか人間みたいかもね。」
「・・・・・なんで?」
香乃の息を吹きかける小さな音が聞こえた。
シャボン玉が夕焼けの空に上がっていく。

「綺麗だけどさ、触れたら脆くてすぐパッと弾けちゃうでしょ。」
悲しそうでもなく寂しそうでもなく、楽しそうでもない口元だけ笑った無感情な笑みを浮かべながら香乃は言った。
こいつは昔からそうだった。こんな笑顔をする奴だった。

不器用で人見知りが激しくて友達も作れない奴で、イジメにだって相当合ったんだろう。
それなのに両親は香乃をほったらかしで自分の遊びばっかで。
俺がいじめられ続けている香乃に苛立って怒った時も、香乃の両親の酷さに同情した時も、悲しいか?と聞いた時も、一人でぼんやりしている時も、香乃はそんな笑みを浮かべる。
まるで世界に絶望したような、世界に全く期待を持っていないような、そんな笑み。

「あ、」
ずっとシャボン玉作って見るという動作を繰り返していた香乃が、シャボン玉を見てなにか気がついたようだった。
「ねぇ薫、良い事気づいちゃった。」
「ん?」
香乃の顔は珍しく嬉しそうだった。



「シャボン玉の色は薫の瞳の色だね。」



柔らかい風のように、香乃はふわりと笑った。
胸が締め付けられ、視線を逸らせなかった。
夕焼け色の空が薄紫に変わったと思うと香乃はいつの間にかベランダにいなくて驚いた。
「香乃?」
少し大きな声で言う。
「なに?」
ひょこりと俺の部屋から出てきて、自分の部屋のベランダに移る。
「いや、急にいなくなったから驚いて。」
「ごめんね。じゃあね。」
香乃は自分の部屋の窓を開けて消えていった。





部屋に戻ると机の上にシャボン玉を見つけた。
そして、シャボン玉液の下にある封筒をみつけた。
昼間来た女の手紙ではなかった。あれは確かクローバーとかの模様があったがこれはまっしろだ。
そこに小さく文字が書いてあった。

『らぶれたぁ』

「・・・・・・・。」
この字はおそらく香乃の字だ。なにやってんだあいつは。
俺はベットに横たわり、手紙を開ける。
やはり出てきたのは真っ白なシンプルな便箋。




















はいけい、槇原薫様。
もう夏も終わりですが蒸し暑いですね。
実は私、ラブレターなんて書いたことないので書いてみようと急に思ったのよ。
ラブレターってつまりは告白文でしょ?と、いうことで薫に日頃言えないことを告白します。

まず、感謝から。
いつも文句言わずに薫の部屋で寝させてくれてありがとう。
なんでか知らないけど薫の部屋だとぐっすり寝れるんだよね。寝れない私には嬉しいよ。

・・・・・・なんか書くことないなぁ。
あと何が告白することあるかな?あー、そうだ。あるある。
今日の夜ね、私引っ越すよ。
薫のおばさんにも知られてないでしょ?あの情報通のおばさんを出し抜いた私ってすごくない?
うちの両親が離婚したのは知ってるでしょ?そんでお父さんとこ、つまり薫の家の隣にいたけど都心のお母さんの家に行くことになったの。
高校は同じでただ住所変わるだけなんだ。まぁ、ここからそこまで遠くないかな。
住所とかはまた今度教えるね。

だから今日薫の部屋で寝収めしたの 笑
とっても気持ちよかった。やっぱりぐっすり眠れた。
薫の部屋で勝手に寝れなくなって寂しいけど、いつかまた遊びに行くね。
そしたらまた熊を抱きしめて寝させてね。

それじゃあ、また。
                           木村 香乃

















俺は読み終わってから急いでベランダに出た。
「香乃!!香乃!!」
窓を叩いても返事が来ない。カーテンは閉まっている。
下を見ても車の影もなかった。そういえば部屋に入った時車の音が聞こえた気がした。
頭が少し混乱している。焦燥感が胸を締める。

空を見るともう真っ暗だった。
ふと、最後に香乃がふわりと笑ったあの顔を思い出した。















































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