誰もいない廊下。
いつも校庭から小さく聞こえる運動部の声も、
どこかの教室から響く笑い声も、今日は聞こえなかった。
ただ廊下と私の上履きがこすれる音しか聞こえない。

ふと窓を見ると、オレンジ色の太陽が西の空へ向かっているが見えた。
気がついたら立ち止まってじっと見つめていた。
なんの音もたてずに、時間は進み、日は沈んでいく。

まるで世界でたった一人だけにされてしまったような疎外感を感じて、
感傷的になっている自分に気がついた。










日が沈む音


2−Cと小さく書かれたドアを開くと、電気のついてない薄暗い教室に人影が見えた。
普通は驚くはずなのに、何故か今の私の心は凍ったみたいに麻痺していて何も感じられなかった。
「あれ、片瀬。」
人影はこちらを見た。
「・・・・・渡辺、珍しいね。」
「そっちも。」
渡辺は窓側から二番目の席に座っていた。

外がオレンジ色に染まっている。
けれど教室は南向きの窓だから、細くオレンジの光りが差しているだけだった。
ぼんやりとその光を見ていると渡辺が笑った気配がした。
「・・・・何?」
「あんぱんでも食う?」
机には近くのパン屋の袋と、あんぱんやメロンパンなどいろんな種類のパンがあった。

「・・・・うん。」
渡辺との関係は普通のクラスメイトだ。
一年のときも一緒のクラスだったので、近くにいたら軽く世間話をし合う程度の仲だ。
帰宅部で、それなりに女の子にモテて、男子といつも馬鹿をやっている、成績も普通の男。
笑っている印象が強いから今無表情なのに違和感を感じる。

「・・・・・片瀬、メロンパンの方がよかったか?」
「え?」
私が顔を上げると渡辺が苦笑していた。
自分の手元を見ると、透明な袋に入ったままのあんぱんがあった。
手渡されたまま意識がどこかへ飛んでいたらしい。

「いや・・・渡辺だって食べてないじゃん。」
私が来る前に食べた形跡はあるものの、私が向かいに座ってからパンを食べてない。
「三分たったら食べますから。」
「・・・なにそれ、意味わかんない。」
ぎこちなく、頬の筋肉が動いた。
「なんだ、笑えんじゃん。」
渡辺の一言につい泣きそうになった。




しばらく無言のままパンを食べていて、あんぱんを食べ終えると私は静かに声を出した。
「何も聞かないんだね。」
「お前も俺が何してるか聞かないじゃん。」
にやりと笑う渡辺に、私はまた下手くそな笑顔を返した。

「じゃあ、何してるの?」
「放課後の誰もいない教室で夕日でも眺めながらパンを食うっていう青春臭いことをしてみた。」
「・・・・一人で?」
「一人なのがそれっぽいじゃん。」
私が呆れた笑いを零すと、渡辺も笑った。

「・・・・片瀬は、聞いてほしい?」
優しい瞳を見たその時に、私は胸が熱くなった。
特に注視していなかった友達の渡辺ってこんなに優しくてかっこよかったっけ?
涙が出そうになる顔を無理矢理笑顔に変えた。


「・・・・・・私ね、すごい好きだったの。」
「・・・・・・。」
私は窓の外を見た。濃いオレンジが建物を染めている。
「本気だったの。だから・・・傷ついてもいいから付き合ったの。」

「あっちは遊びだってわかってるのに、私は傷ついてるのに、それなのに傍にいたかったの。」

「だって今しか傍にいられないんだもん。」

「・・・・・うん。」
渡辺の静かな声に、私は涙が零れた。

「だけど捨てられちゃった。」


「散々傷つけられて、泣いて振り回されたのにさ、」


「私、まだあいつのことが好きなんだ・・・・」
「うん。」



「本当に、好きだったんだ。」

「・・・・うん。」


私は泣いた。日が沈んで、オレンジ色の空が真っ暗になるまで。





「片瀬、」
校門を出たとき、渡辺が優しい笑みを浮かべて私を見ていた。
「手、繋いで帰ろうか。」
私は口許だけ笑った。
「・・・・うん。」



「片瀬、星が見えるよ。」
「・・・・ホントだ。」
月の見えない空に数個の星が見えた。
空を見上げたのはずいぶんと久しぶりだ。


「渡辺、」
「ん?」
「その・・・ありがとう。」
私は涙ががびがびした頬を上げた。
たぶん今、私は過去最高の不細工になっているに違いない。

渡辺はそんな私を見てふきだした。
「ひ、ひどい・・・・」
「いや、そんな苦しそうに笑うもんだから、つい・・」
くすくすと笑う渡辺を軽く睨みつける。

「お礼の代わりにさ、いつかまたこうやって星の見える空見ながら手繋いで帰ろうよ。」
「・・・・・。」
「それで、今度は可愛く笑って見せろよ。」
不敵で、でもちょっと照れた感じの笑顔を、渡辺はしていた。


「・・・・その時は、渡辺もまた笑ってね。」
私が下手くそに笑うと、渡辺は綺麗に微笑んだ。

















(君はまだ僕の気持ちを知らなくていいから、ぎこちなくでも笑っていて)























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