私はこの人に一番に愛されているという自信がない。

それは胸を張って言えることだ。











雨の中の祈りにも似た感情




たぶんこの人と私が一緒にいるのは、この人にとってはボタンのかけ間違いみたいなものだ。
ぼんやりと他のことを考えたりしていて、気がついたらボタンが一個ずれて止まっている。
けれどあの人はめんどくさがりだからそんなのほっといてしまう。
たぶん、きっと、この人にとって私と一緒にいるのはその程度のことだ。

だから駅まで車で送ってもらっているのもその程度のことだ。



「・・・・雨、すごいですね。」
滝のような音がする。大雨の音は雷の音さえ遠く聞こえさせた。
「そうだね〜・・・本格的に梅雨か〜。」
この人はいつもぼんやりした口調だ。
最初は眠いのか、意識がどこかに飛んでいるのかと思っていたがこれが通常時らしい。
けれど語尾を延ばすゆっくりとした喋り方は勘に触るものではない。
むしろ穏やかな空気をつくるような、梅雨が似合わない春の穏やかな陽気のような雰囲気がある。


窓の外を見る。
雨の雫で窓は所々しか外の風景を写さない。
前を見ると、せわしなくワイパーが動いている。
雨の音も、雷の音も、ワイパーの音も、エンジンの振動もあるのに、この車内はいつも静寂が漂っている。
本当に静かで、「無」という言葉がよく似合う。
その感覚と雰囲気が、私はたまらなく好きだった。


「電車、止まってないといいねぇ。」
「・・・そうですね。」
車はゆっくりと進んでいる。雨の日は道路が混んでいるからだ。
もっともっと、ゆっくり進んでほしい。
駅に着くのはあともう少し後がいい。




「・・・・丹下(たんげ)さん、何か良いことでもあったんですか?」
今日会ってからずっと思っていたことを言う。
「なんで〜?」
「なんだか、嬉しそうに見えたから。」
「よくわかったねぇ。うん、機嫌良いよ〜。」
彼は前を見ながら嬉しそうに笑う。
前を見ていてくれてよかった。そんな笑顔を向けられたら、胸がかきむしられる。
その笑顔を少し見るだけでも、私の心は重いのに。


彼は鼻歌を歌い始めた。機嫌の良い証拠だ。
私は彼が機嫌の良い原因を知っている。いや、正確には知らないが予測できる。
だから、聞かない。聞けば泣きたくなるから。
何を考えるわけでもなく、私は強く降る雨の雫を掃い続けるワイパーを見つめた。



その鼻歌も、ふわふわしているパーマのかかった髪の毛も、気の抜けた笑顔も、

全部私のモノになればいいのに。



どうして恋はこんなにドロドロした感情が湧きあがるのだろう。

昔はもっと綺麗で可愛くて、ドキドキするものだと思っていたのに。



「恵美ちゃん、」
「・・・・なんですか?」
「僕ね、今日雨で嬉しいんだ。」
なんでかわかる?嬉しそうな顔でこちらを見てくる。

あぁ――――

なんで私はこんなに心が焼かれるみたいにジリジリとした痛みを感じるのだろう。




たぶん私にはこの人のかけ間違えられたシャツのボタンを直す義務があるのだろう。
潔く余ったボタンをあるべき位置に戻すべきなんだろう。
だってもう、そのボタンの位置は決まっているのだから。今更どうしようというのだ。
どんなに余ったボタンが騒いだところで、自分の望んだ位置に入れられることは間違いなのだ。


私はこの人に一番に愛されている自信はない。
だからといって、愛されていないわけではないということもわかっている。
つまりは、所詮私とこの人は「お友達」なのだ。


だけど嫌われていないから、

もしかしたら何百分かの一くらいの可能性はあるかもしれないから、


そんな浅はかなことばかりを考えて、私はまだ彼にボタンのかけ間違えを指摘しない。




「・・・家まで送る口実ができるから?」
主語と目的語は故意に抜かした。が、そんなことを彼は気にしない。
「当たり〜。さすが恵美ちゃん、わかってるねぇ。」
にこにこと嬉しそうに笑う丹下さん。


あぁ、

雨が降らなければいいのに。

永遠にこの車内の中にいて、優しい静寂を味わえたらいいのに。

彼があの人のことを思って笑わなければいいのに。

彼が私のモノになればいいのに。

















(ドロドロ ドロドロ 渦が私の心と彼の笑顔を汚す)























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