恋は科学反応みたいだ。
どう足掻こうと、勝手に反応してしまう。
その式を破ることはちっぽけな私には不可能なのだ。













どんなに人が多いところでも、貴方を見つけてしまう自分が嫌い。


文化祭を数日後に控えた校内が活気付く日。
授業はなしにされて一日文化祭の準備にとりかかる。
教室も廊下も生徒で溢れ、足の踏み場がないくらいだった。
私は木の板で看板を作ることになっている。
廊下の真ん中を陣取り、友達数人と真剣に書いていく。
ポスカを振りながら、出来るだけ見栄え良く書きたいと考えていた。

そのときふと顔を上げて廊下を見渡すと、あの人がいた。
私は思わず視線を止めて、気付かれないようにじっと見る。
手は無意識の内に板の端を握り締めていた。

今日も眼鏡をかけて、綺麗な黒髪と瞳をしていて、優しく笑っている。
そして、今日もその隣には――――――

「いたっ」
私は鋭い痛みに小さく声を漏らした。
「どうしたの?」
友達も顔を上げる。
「なんか木の破片が入っちゃったみたい。」
私は無意識に手を動かしていたらしく、こげ茶の針のような破片が人差し指の先に入り込んでいた。

「うわ、危ないねー。その棘取った方がいいよ。」
「うん。・・・・保健室行って刺抜きで抜いてくる。」
「そうしな。」
「知里ちゃんも気をつけてね。」
私は立ち上がったとき、一瞬だけ廊下の奥を見た。


あの人は優しそうに笑っている。その隣で彼女は可笑しそうに口を開いて笑っている。
とても楽しそう。とても、幸せそう。
私の入る隙間は一切ない。














保健室に来て刺抜きを持ったはいいが、なかなか棘が抜けない。
私は疲れてきたので肩の力をどっと抜き、少し休憩することにした。
保健室の先生も文化祭の準備のために今は出払っている。
保健室はとても静かで、居心地がよかった。
文化祭の準備のせいでいろいろと騒がしいのは少し疲れる。



そして、文化祭の準備のせいで違うクラスのあの人をよく見てしまう。

「あ、先客。」
「わっ!!」
金属音が静かな空間を切り裂いた。

「・・・平気?」
「・・・はい・・・。」
静かで安心していたため、急にドアが開いたら過剰に驚いてしまった。
そのせいでつい刺抜きを落としてしまったのだ。

顔を上げて入ってきた生徒を見ると私は少し驚いた。
「・・・・俺の顔になんかついてる?」
「いえ・・・」
この学校の生徒会長だ。確か、柳とかいう名前だったような気がする。
私と同じ一年なのに会長になったという凄い人だ。
モテるし、人気者だ。事実、行事はいつもユニークで面白いから好感を持てる。

「なにしてるの?」
「・・・木の棘が入ったから、抜いているんです。」
「別に敬語にならなくてもいいよ。同級生でしょ?」
会長は困ったように笑った。

「ごめん。貴方有名人だから、つい。」
私は笑ってみせた。すると会長も笑った。
「有名人かー。会長やってるとそうなるか。」
そうじゃなくてもこの人の出す気さくなところや、楽しそうな感じが印象的なんだと思う。

「で、生徒会長さんはどうしたの?仕事忙しいんじゃないの?」
文化祭なんて生徒会が一番忙しい時期だ。
しかも文化祭をあと数日で控えるのだから、私の想像以上に大変なんだろう。

「んー、ちょっと疲れたから休憩しにきたんだ。」
会長は私の向かいにあるソファに座り、足をぶらぶらさせる。
「・・・・文化祭だもんね。少しくらいいんじゃない?」
私はその子供っぽい行動に微笑して、棘と格闘することを再開した。

変な話だが会長だって人間だ。
いつも元気で楽しそうなイメージがあるが、そりゃ疲れるときもある。
文化祭の準備できっとくたくたなら、少しくらい休んだってバチは当たらないだろう。

「・・・・君、名前はなんて言うの?」
「小川光。」
自分で言ったらおしまいだけど、平凡な名前だと思う。
「おがわ」も「ひかり」も小学校低学年で全部書けてしまって、少しつまらなかった。

「俺は柳俊介・・・って知ってるか。」
柳くんはくしゃくしゃっと顔に皺をつくるように笑った。
その笑顔は少し子供っぽくて、ちょっと可愛いと思った。

「・・・小川ってもしや不器用?」
いつになっても棘と格闘している私に、にやけた声が聞こえた。
私はバツの悪そうな顔をするしかなかった。
「言わないで。」
「ちょっと貸してみな。」
簡単に刺抜きを取られてしまい、右手も掴まれてしまう。

「俺こういう細かい作業って結構好きなんだよなー。」
掴まれた右の手首は、がっしりとした感触がある。
温かくて、自分ではない体温に触れているとドキドキしてしまう。
人差し指に集中している柳くんを盗み見る。


暗めの茶色い髪。水晶玉みたいに綺麗な薄茶の瞳。
顔だってこの学校でいえば一、二を争う綺麗さだ。
何をドキドキしているんだろうか、私は。


「取れた。」
柳くんは私のかかった時間より数倍速い時間で棘を抜いてしまった。
「ありがとう。」
「いえいえ。小川がやってたら日が暮れちゃいそうだから。」
「失礼ね。」
私が軽く睨みつけると、柳くんは悪びれもせず笑っていた。

「・・・じゃあ、私そろそろ教室に戻る。」
ソファから立ち上がり、保健室を出ようとした。
「小川、」
「ん?」
私が振り返ったとき、彼の顔は目の前にあった。














チュッと音が鳴り、触れ合う時間は一秒もなかった。

その一瞬は空白の時間みたいだった。














「・・・・・またね、光ちゃん。」
いたずらを企む少年のような活き活きとした表情に、私は呆けた顔しかできなかった。

保健室を彼が出て行ってしまってから少しの間、私は呆然と立っていた。

無作為に回る頭の中、わかってしまった。


もうあの人の面影は棘を抜いたようにするりとなくなってしまい、




彼のことばかりがぐるぐると私の頭を回っていることが。






























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