「先輩、卒業おめでとうございます。」
「ありがとう。」
黄色いバラを差し出すと、アキ先輩は照れたように笑った。
アキ先輩は今日、学校を卒業する。
この学校からいなくなる。
俺はそのことが少し寂しく、少し安心している。
「来年は大橋も三年か〜。菊野がいないから、余裕で全国一番になれるよ。」
「余裕かどうかはわかりませんけど、一番になりたいです。」
「そうだね。」
アキ先輩は優しく笑った。
剣道場に二人きりでいるのは数ヶ月前の告白以来だった。
あの時のように心臓はうるさくない。ただ静かに脈をうっている。
俺の恋心は、もう溶け始めている。
部長が全国一位を手にした時、アキ先輩は泣いていた。
人がいることも構わず、すぐに部長に駆け寄り抱きついた。
部長は先輩を受け止めて、静かに微笑んでいた。
それを見た俺は、完全に諦めることができた。
二人の間に入れないと思い知ったのだ。
以来二人は付き合っているらしい。
「らしい」というのも恋人らしくしている二人は見たことがないからだ。
三年の先輩たちは完全に引退し、俺が部長となった。
「大橋も頑張ってるらしいね。顧問から話聞いてるよ。」
「・・・菊野先輩ほどじゃありませんよ。」
「比べることないわ。大橋らしくやればいいんだから。」
告白の後もアキ先輩は変わらずにいてくれた。
今も、こうやって励ましてくれる。
それは嬉しい。けれどたまに泣きたくなる。
しぃんと静まり返った道場。遠くで聞こえる人の声。
今日、先輩は学校を去る。
俺との距離が、今よりもっと遠くなる。
携帯の着信音が聞こえ、アキ先輩は慌てて携帯を取り出した。
「あ、菊野からメールだ。」
「・・・・行きますか。」
「・・・うん。」
アキ先輩は困った笑顔をした。そんな顔をさせてばかりだ。
アキ先輩が俺に背を向けて道場を去ろうとしたとき、俺は勝手に声を出していた。
「アキ先輩!!」
先輩が振り返る。
「俺・・・・」
先輩はまっすぐ俺を見てくれている。
俺はいつもアキ先輩は部長ばっかり見ていて、俺だけを見ていて欲しいと思っていた。
けれど、先輩はちゃんと俺も見てくれている。
今も、こうやって。
「俺・・・本当にアキ先輩のことが好きでした。」
未練はなかった。
俺はこの人を好きになれてよかった。
きっと、これから俺はまた恋が出来るだろう。
「・・・うん。ありがとう。」
そう言って笑ってくれた先輩に、俺も笑った。
貴女との距離
(それは決して遠くはなかった)
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