もしも、きみがもう少し早く生まれるか、わたしが遅く生まれれば、

この思いは変わっていたかな。この気持ちは叶っていたかな。


そんな馬鹿みたいなこと、私は考えないよ。

年なんか関係なく、私には勇気がないだけなんだ。






真っ暗な視界。

ドクドクと心臓が動いていることがわかった。
緑の匂いと風で飛んできた焼き芋の匂いがする。
風が冷たい。もう秋は過ぎて冬が近づいているのだ。


ジャリ、と足音が聞こえて私は目を開けた。


「京子(きょうこ)さん?」
左を見れば、ちょっと驚いた顔をした少年がいた。
少年といっても身長は170を越していて、柔らかな落ち着いた雰囲気を持つ子だった。

「やぁ。」
私は適当に手を上げた。笑おうと思ったけど笑えなかった。
「今から帰り?」
「はい。ちょっと用事で・・・」
その時彼はちょっと照れたような顔をしていた。どこかが悲鳴を上げた。

「京子さんはこんなところで何してるんですか?」
そう言う彼は正しいと思う。
私は一人、校門を出てすぐの公園のベンチに座っているのだ。
下校時刻になれば人も多くなるが今は部活をやっている時間で人気はない。

「・・・・なんだろうね。」
自分でもよくわからなくて、彼の後ろにあるブランコをぼんやり見つめた。
「・・・何か、あったんですか?」
くりくりとした茶色の瞳が心配そうに私を見ていた。
私はどう答えていいかわからなくて、下手くそな笑いを浮かべた。

彼は一瞬考えたような顔をしてから、「ちょっとそこにいてください」と言ってマフラーを翻し走っていってしまった。
私は何も言えずにただそれを見ているしかなかった。


はぁ、と息を吐く。


私は防寒対策を何もせず制服しか着ていないので、さすがに寒かった。体が麻痺してきているみたいだ。
ベンチの背に寄りかかり、空を見上げた。
綺麗な青空を私は隠すようにゆっくりと目を閉じた。







この気持ちは誰にも言っていない。
上手く隠し続けていて、私の知っている人の中では一人しか私の想いに気がついていない。


彼を好きになったのは一体いつからだっただろう。
年下で、優しくてかっこよくて、部の期待の新人で。
最初はただの可愛い後輩だったのに。

「京子さん」
そう呼ばれる度に一つの年の差が気になったり、敬語が気になったりした。
臆病な私は告白なんて出来なかった。今も、そう。

そうしている間に彼には相手が出来てしまった。

なんてまぬけなんだろう。


こんな気持ち、青空に飛んでいってしまえばいいのに。






足音が戻ってくる。
私は目を開けて公園の入り口の方を見ると、彼が呼吸を乱さず私のもとへ走ってきた。
手には缶を持っている。

「これ、どうぞ。」
そう言って缶を渡してくる彼を見上げた。私は缶を受け取らなかった。
「・・・用事、急がなくていいの?」
彼はちょっとびっくりした顔をしたけど、照れくさそうに笑った。

「ちょっと早めに学校出たんで、今からでも充分間に合うから大丈夫です。」
「そう・・・なんかごめんね。」
私はやっと缶を受け取った。温かい。彼みたいだなとぼんやり思った。
彼は笑っていいえと言った。

缶のココアを一口か二口飲んだ後、私は言った。

「・・・私はもういいから、行きな。」
どうしようもなく胸が痛かった。


行かないで。傍にいて。

そう言えたら、どれだけ良いだろう。


「あ・・・」
彼は少し困った顔をした。
優しいから、彼女を待たせるのも私を一人きりにさせるのも嫌なんだろう。

「あの、京子さん寒くないんですか?」
私はコートはもちろんマフラーも手袋もしていなかった。
当然、寒い。体が冷え切っている。

「平気。それにもうすぐ帰るから。」
ふと西の方を見れば、もう日が落ち始めている。
金色とオレンジ色が混じった光が私と彼を照らした。

私の視線を追って、彼も夕日を見ていた。
「京子さんて、ああいう山吹色っていうんですか?
そういう色似合いますよね。・・あ、前にも言いましたっけ。」
「あ〜、言われた気がするわ。」
思い出したような返事をしたが、それは嘘だ。
最近私の周りは黄色とかオレンジとかの物が増えた。

「・・・木村、」
「はい?」
彼は私の方を見た。ちゃんと、私は笑えているだろうか。

「早く行きな。彼女が待ってるよ。」
「・・・・でも・・・」
彼は駅の方向と私をちらちらと見る。
「私は大丈夫だから。一応木村より年上だからしっかりしてるし。ほら、行ってきな。」
私は彼の体を押した。私の精一杯の力で。

「・・・じゃあ・・・あ、そうだ。これつけててください。
いくらなんでもそれじゃあ風邪ひいちゃいますから。」
彼は自分の首からマフラーを取り、私の首にかけた。

ふわりと舞い降りた温かな感触に、鼻の奥がつんとした。

「それじゃ、京子さんも程々にして気をつけて帰ってくださいね!」
「・・・はいはい。頑張れよ、少年。」
そう言うと、彼は恥ずかしそうな顔をしながら走って公園を出て行った。



行かないで。貴方のことが好きなの。


そう言えたら、どんなにいいだろう。

かけられたマフラーは綺麗な山吹色だった。
西の空を見る。沈む太陽が、私を見ていた。

私は太陽に向かって思いっきり泣いた。



伝えられない二文字







(『  』 そのたった一言なのに)





























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