美しい人だ。
私は何故かそう思った。











「ビアリア様。」
今日は窓から見える緑が美しいな、とぼんやり思った。
「ビアリア様、」
二度目で私は振り返った。

「なに?」
私が口を開いたとき、風が優しく吹いた。気持ちが良い。
振り返って見たものは、艶のある黒髪の男だった。
背も高く、ひきしまった体のため世話係の制服と銀縁の眼鏡が面白いほど似合わない。
が、半年前に比べて板についてきたことも確かだ。

「何も羽織らずに風を浴びるのはお体に良くありません。ベットにお戻り下さい。」
硬い口調になんだかむっとして、私はその場に座り込んだ。風と光が心地良い。
「ベットでずっと眠っている方がよっぽど体に良くないわよ。
日光浴は体に良いとお医者様に聞いたわ。」
そう返せば、男は口をへの字に曲げてとても困った顔をした。

「では、ソファに座られて靴下と上着を着てください。」
男はそういったと思えば奥から三人がけの柔らかそうなソファを運んできて、
厚手のカーディガンと毛布、そして毛糸の靴下を渡してきた。
なかなか優秀な世話係だ。

「あと数分すれば医者のものが来ます。」
「医者?ただの過労でしょ。それに私が倒れたとき診たんじゃないの?」
私は服と靴下を身につけ、ソファに体育座りをした。
これくらいで医者に見せるなどお金が勿体無い気がする。

「いいえ。もしかしたら悪い病気の前兆なのかもしれません。
もう一度しっかりと検査していただかなければいけません。」
彼に大真面目な顔で言われると、どうも否定できないのだ。
私が溜め息をついたとき、ノックの音が聞こえた。

「誰だ。」
「医者ですよ。」
彼の怖い声に全く物怖じしない堂々とした声と共に、部屋入ってきた。
相変わらずだ。

「お久しぶりですね、王女様。」
「えぇ。」
そして相変わらずの挨拶に懐かしさを覚えて、なんだか心地良かった。

「・・・クリフ、紅茶二つ持ってきて。ストレートと―――」
「ミルクと砂糖スプーン一杯ですね。」
視線を向ければ、少し得意げな顔をしていた。なんか悔しい。
「ではお持ちします。」
そう言って彼は部屋を出て行った。


「・・・面白いね君と彼は。最初話を聞いたときから面白かったけど。」
先生は部屋を出て行くクリフを見て、目を細めて口の端を上げた。昔からこの笑い方は変わらない。
答える言葉が見つからなくて、ただ睨んでいると先生は医者らしく聴診器をバックから取り出した。

「さて、一夜明けて調子はどうだい?」
「別に。」
聴診器のひやりとした感触がする。先生はまた笑った。
「まさか君が働きすぎで倒れるとは思わなかったよ。昔はあんなに駄々をこねていたのに。」
「昔のことは言わないで。」
睨みつけても、先生は笑うだけだった。聴診器の次は喉を見るらしい。

「口を大きく開いて。・・・・ちょっと喉が赤いな。熱も測ってみてごらん。」
体温計を渡され、私は口に挟む。
「そういえば反国者である彼のことを君はなぜ助けたりしたんだい?」
その言葉に、私は目を伏せた。














1年前、国の創立1500年記念のときに反国者によるクーデターが起こったのだ。
そのときのことは今でもよく覚えている。
二階にある特別室にいた私からは会場全体がよく見渡せた。
警備と反国者との争いが、生々しく見えた。


「両陛下、アスグリニア様、ビアリア様、奥にお下がり下さい。」
控えていた警備の者たちが慌ただしく入ってくる。
両親は顔を青ざめて小走りで逃げる。
私は、なんだか逃げる気になれなかった。

「ビアリア、どうしたんだ?」
5つ上の兄は動こうとしない私に近づいた。
兄様は軍にも何年か所属しており、この緊急事態にも冷静でいる。
そして、両親よりも数倍頭が良くて、私のことも理解してくれている。

「・・・・私達だけ守られているのはおかしいわ。」
クーデターの責任はこの国の政治、つまり王の責任である。
それなのに罪のない国を愛して会場に集まった民が殺され、
責任のある王家は安全な場所に移って生かされるのだろう。
せめてこの場にいて、全てを見届けるべきではないのだろうか。

「・・・・ビアリア、」
後ろの方で警備のものが何か言っている。けれど私は無視して兄様を見た。
「お前の言っていることは正しい。確かにその通りだ。けどね、」
兄様は困ったように笑った。
「人間とはエゴな生き物なのだよ。そして私はお前に何かあっては悲しい。
だからどうか安全な場所に行ってくれ。私は戦えるが、ビアリアは戦えないだろう?」
「・・・・兄様、」
そう言ったとき、ガラスが割れる音がした。

私は何が起こったか理解するのには時間がかかった。
何も反応できないでいたが、いつの間にか兄様の腕の中にいて守られていた。
兄様の肩越しに、侵入者を見た。

何の手入れもされていないボサボサの短髪は瞳をも隠していた。
ボロボロの洋服から伸びる手足は傷だらけで汚かった。
手に持ったナイフはまだ真新しい血で染められていた。
背筋が、ぞっとした。

「取り押さえろ!!」
兄様の怒声に私は我に返った。兄様はいつの間にか剣を抜いている。
警備の者が男に集まり、男の叫び声が部屋に響いた。


「ビアリア、部屋から出なさい。」
こんなにも怖いのに、私は逃げてはいけない気がした。
男は押さえ込まれるのを抵抗して言葉にならない声を出して抵抗していた。
「ビアリア!!」
兄様は滅多に出さない厳しい声を出した。けれど私は兄様の腕を掴む手を離さなかった。


「嫌!!だってその男のことを殺してしまうんでしょう?!彼は被害者なのに!!」

叫んだその声は、まるで自分の声ではないようだった。
私の声で、部屋は静かになった。

男の方を見れば、うつ伏せにさせられ腕と体などを三人に押さえられていた。
周りには血を流している者もいた。
男と、目が合った。





黒曜石のような綺麗な瞳だった。
私は何故か美しい人だ。と思った。こんなにも身なりは汚らしいのに。




男は急に大人しくなって、じっと私を見つめていた。


「・・・ビアリア、けれどあいつはお前を傷つけようとしたんだぞ?」
兄様は眉間に皺を寄せた。珍しい。
「・・・・私にはそうされる原因があります。殺したいと思われて当然です。」
兄様は困った顔をして、それから長い長い溜め息をついた。

「全く、頑固な子だ。仕方ないな。おい、彼を建物の外まで連行しろ。」
「え、しかし―――」
取り押さえている者は戸惑いの表情を見せる。

「武器はもうないのだから危害は加えないこと。
外に放り出しておけ。もう一度向かってくるようなら殺せ。」
「兄様!!」
私の声に、兄様は厳しい表情をした。
「大事な妹を危険にさらしたんだ。これは甘い判断なのだよ。」
諭すような口調に、私は口をつぐんだ。

「――――アスグリニア様、ビアリア様。」
突然の声に、私はびっくりしてしまった。
男は額を床につけていた。


「私は二度と国に歯向かうことは致しません。このご恩、いつかお返しいたします。」


まるで主人に跪く者のような、忠義を感じさせる声音と言葉だった。
「・・・・恩などいい。もともとは我々が原因だ。そうだろ、ビアリア?」
嬉しそうに小さく笑う兄様に、私は小さく頷いた。

連れて行かれる彼の背中を見て、幸せになってくれるといいと思った。




それから半年が過ぎ、彼のことも忘れかけていた頃。

「ビアリア、新しい世話係兼護衛の者だよ。」
そう笑顔で言ってきた兄様に、私は首を傾げた。
隣にいる男には見覚えがない。

「クリフと申します。ご恩を返しに参りました。」














「・・・・気まぐれよ。」
私は体温計を取り出し、渡した。
「気まぐれ、ねぇ。」
先生はにやにやした顔で体温計を見ている。


私だって鈍感ではない。今私がクリフに対して持っている感情の名前もわかっている。
ただ、それを気付かない振りをしているだけだ。

「身分違いの恋は今時の流行だよ。」
「・・・・何の話?」
「ビアリアも、昔はもっと素直で可愛い子だったのにね。」
嫌味っぽく笑う先生がむかついて、私は睨みつけた。

「そんなことより、診察結果は?」
「過労と貧血。それから軽い風邪をひいているみたいだな。
微熱もあるから一応薬を出しておくよ。でも過労には休息が大事だから、ゆっくり休むといい。」
「・・・は〜い。」
私はクッションを掴んで、ソファに横になった。


「お父様のお手伝いをするのはいいけど、体が丈夫なわけじゃないから無理しない方がいいよ。」
「珍しいね。心配してくれたの?」
私がからかい半分に言えば、先生は笑みを浮かべた。

しばらく沈黙が続いた。

目を閉じると、なんだか眠たくなってきた。
そういえば昔は目を閉じることが憂鬱だった。
真っ暗な世界に一人いることは世界が終わってしまうようだった。
そう、あの頃の私の世界は狭かった。



「・・・・ねぇ、先生。」
「ん?」
「あの頃、私が先生のことを好きだったって知ってた?」
先生は一体どんな表情をしているだろう。

「・・・知ってたよ。」
初恋の人はいつもの口調で言った。




「そして今の君は彼のことを好きということもね。」




「先生!!」

私は戒めるように立ち上がって叫んだと同時に、ドアが勢い良く開いた。


呆然とした顔のクリフがこちらを見ている。



澄んだ綺麗な瞳は、あの時と変わらず私を真っ直ぐ見ていた。


朱の頬、黒の瞳







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