美しい人だ。
俺は一瞬で彼女に心を奪われた。











ノックをして部屋に入れば、風が吹き込んできた。
「ビアリア様。」
部屋に入ってすぐ見える大きな窓の前に彼女は立っていた。

俺は流れるブロンドの髪に目を奪われながら、もう一度呼んだ。
「ビアリア様、」
「なに?」
そうビアリア様が言ったとき、風が優しく吹いた。
光を浴びている彼女は天使のように見えた。

胸までの綺麗なブロンドの髪。今日の天気のような透き通る空色の瞳。
肩幅の狭い華奢な体と真っ白の肌はあまり健康的とは思えない。
まるで天使のような整った愛らしい顔だちは、民の中でも有名で人気がある。
それでいて聡明で、今はお父上である国王の手伝いをしている。

そのようにいつも通り仕事をしていた昨日、疲れがピークにきたのか急に倒れてしまったのだ。


「何も羽織らずに風を浴びるのはお体に良くありません。ベットにお戻り下さい。」
俺は出来るだけ事務的な口調で言った。
すると何が気に入らなかったのか、その場に座り込んでしまった。

「ベットでずっと眠っている方がよっぽど体に良くないわよ。
日光浴は体に良いとお医者様に聞いたわ。」
見た目とは違い、意見をはっきりと述べる王女様の言葉に、
俺はなんとも言えず苦い表情をするしかなかった。

彼女の言うことは間違っていないし、口が上手いのは彼女の方であって俺は勝てない。
そのためこちらが工夫しなければいけないのだ。

「では、ソファに座られて靴下と上着を着てください。」
俺はそう言うと、すぐにソファを持っていき、
クローゼットから厚手のカーディガンと靴下、そしてベットからは毛布を取り出して渡した。

ビアリア様が服を着ているのを見ていて、ここに来た理由を思い出した。
「あと数分すれば医者のものが来ます。」
そう言えば、ビアリア様は眉を顰めた。
「医者?ただの過労でしょ。それに私が倒れたとき診たんじゃないの?」
ソファに体育座りをして、とてもめんどくさそうにしている。

しかしこの細い体を倒れるまで痛めつけたのだ。もしかしたら悪い病気なのかもしれない。
そうしたら取り返しがつかないではないか。

「いいえ。もしかしたら悪い病気の前兆なのかもしれません。
もう一度しっかりと検査していただかなければいけません。」
俺の言葉にビアリア様は面倒そうに溜め息をついた。
そのとき、ノックが聞こえた。

「誰だ。」
「医者ですよ。」
まるで礼儀を知らないようで、医者の男は返事と共に部屋に入っていた。
しかしビアリア様は特に気にしていないようなので、怒るにも怒れない。

「お久しぶりですね、王女様。」
「えぇ。」
おどけたように言う医者の口調が俺の勘に触った。
そして、俺の前で一度も笑ったことのない彼女は、この医者を見ると目が優しそうに細めるのが苛立つ。

「・・・クリフ、紅茶二つ持ってきて。ストレートと―――」
「ミルクと砂糖スプーン一杯ですね。」
先読みして言うと、ビアリア様が驚いた顔をしてこちらを見た。
半年で彼女の好みはわかっているのだ。なんだが嬉しくなった。

「ではお持ちします。」
そう言って、部屋を後にした。


実をいえば彼女を医者と二人きりのするのは嫌だった。
ビアリア様は15歳まで病気で民の前に姿を現さなかった。
その間、あの医者は彼女の専属医だったのだ。
幼少から知り合っている医者と、俺とを天秤にかけるのはおかしいと思うがやっぱり気になる。


「クリフ、」
紅茶を載せたトレイを持っていると、前からビアリア様と似た面影の青年が現れた。
傍には数人の秘書やボディーガードがついている。

「アスグリニア様、」
俺は頭を下げた。が、トレイを持っているためなんとも中途半端なお辞儀になってしまった。
アスグリニア様は王位の継承者であり、俺の恩人でもあった。
反国者であった俺を、ビアリア様の世話係に採用してくださったのは彼だった。














あの頃の俺はどうしようもなく国が憎かった。
貧しく孤児であった俺は、孤児には冷たい社会を憎んでいた。子供だったのだ。
俺は体が大きいこととそれなりに武術の才能があったため、反国者のグループに入った。

創立記念のパーティーで暴れ、俺は窓を割って王たちのいる部屋に入り込んだ。
そこにいたのが、アスグリニア様とビアリア様だった。
綺麗な洋服に身を包んだ彼らと、汚い格好をした俺。俺はそのとき王族が憎くて仕方なかった。

向かってくる兵を叫びながら切りつけた。
もう何がなんだかわからなくなったとき、少女の叫び声が聞こえた。


「彼は被害者なのに!!」


その声に、俺は心がふっと軽くなった。
気がつけば兵に押さえ込まれていたけれど、気持ちは少女の方に向いていた。
被害者。そう言ってくれる人、思ってくれている人が王族にいるなどと思っていなかった。

俺は驚きのあまり呆然としていたら、叫んだ少女と目が合った。





青空のように澄んだ瞳だった。
俺は純粋に綺麗だと思った。そして一瞬で彼女に心を奪われた。




少女は俺を見て戸惑いの表情を浮かべていた。
当たり前だ。俺はついさっきまで彼女を殺そうとしていた男なのだから。
「・・・ビアリア、けれどあいつはお前を傷つけようとしたんだぞ?」
青年は厳しい顔をして、俺を見た。その瞳は紛れもなく怒りを含んでいた。
「・・・・私にはそうされる原因があります。殺したいと思われて当然です。」
少女は硬い表情で兄を見ていた。
兄は妹を見て、長い溜め息をついてから顔を引き締めた。

「全く、頑固な子だ。仕方ないな。おい、彼を建物の外まで連行しろ。」
「え、しかし―――」
取り押さえている者、俺の上にいる者たちが動揺した。
そして俺も動揺した。・・・・助かるということか?

「武器はもうないのだから危害は加えないこと。
外に放り出しておけ。もう一度向かってくるようなら殺せ。」
「兄様!!」
冷酷な言葉に、少女は戒めるような声を出した。
「大事な妹を危険にさらしたんだ。これは甘い判断なのだよ。」
少女と同じ瞳を持つ青年は、表情は厳しいが優しい目で彼女を見ていた。

なんと優しい兄妹なのだろう。
俺は自分がとても愚かに思えた。


「――――アスグリニア様、ビアリア様。」
俺は瞳を閉じ、額を床につけた。とても汚い礼だ。

「私は二度と国に歯向かうことは致しません。このご恩、いつかお返しいたします。」
俺はこの時誓った。お二人のために、力になると。

「・・・・恩などいい。もともとは我々が原因だ。そうだろ、ビアリア?」
顔を上げれば、少し微笑んだアスグリニア様と小さく頷いたビアリア様がいた。

二人に背を向けながら部屋を出て行くとき、俺は自分に出来ることを探していた。




それから半年間、勉強をしてなんとか城の使用人の試験に受けられるようになった。
必死で稼いだお金で身なりも整えた。
そしてアスグリニア様と再会し、彼は俺にとって最高の役職をくれた。


「ビアリア、新しい世話係兼護衛の者だよ。」
笑顔のアスグリニア様に続いて、俺は初めてビアリア様の部屋に入った。
ビアリア様は不思議そうな顔でこちらを見ている。

「クリフと申します。ご恩を返しに参りました。」














「ビアリアが倒れたと聞いたけど、大丈夫か?」
妹思いのアスグリニア様は、心配そうにしていた。
忙しい方なので、きっと見舞いに行きたいのに行けないのだろう。

「今は医者がビアリア様を診察していますので詳しいことはまだ。
けれどベットから起き上がれないというほどではないので大丈夫だとは思います。」
「それで紅茶を二つ命じられたのか。」
アスグリニア様は苦笑しながらトレイを見つめる。

「君が世話係になって、ビアリアも我が侭を言うようになって安心したよ。
君は優秀だ。これからも妹を頼むよ。じゃあまた。」
「はい。」
アスグリニア様は優しく微笑み、行ってしまわれた。

俺はぼんやりと彼の背中を見送り、それから部屋に向かった。


この頃よく思う。
もしもあの時、ビアリア様と出会わなかったら自分はどうなっていたのだろう、と。
彼女が止めてくれなかったら、確実に俺は死んでいた。
そうでなくても、ここまで心を入れ替えられなかっただろう。

彼女こそ、俺の命の恩人なのだ。
だがそう言うと彼女は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。
彼女の笑った顔は見たことがない。無表情か、どこか不満のある表情をしている。

少し我が侭で、頭がよくて、不器用な彼女をこんなにも愛しく思う感情に、俺は名前をつけない。
知っているけど、つけてしまえばきっと溢れ出てしまう。

ビアリア様が嫁ぐまで、いやせめて今だけでもこの立場で彼女の傍にいられればそれでいい。



部屋をノックしようとしたとき、つい中の話に聞き耳を立ててしまった。

「――――私が――のことを好き―――知ってた?」
ドアが厚いため聞き取りにくい。

「―――――てたよ。」
平然とした医者の声が聞こえた。




「―――今の君は彼のことを好きということも―――」


叶わぬ恋だと思っていた。
「彼」とは誰?
自分であるという都合の良いことなどあるのだろうか。いや、ないだろう。

そう考えていたのに、俺の手は勝手にドアを開けていた。



「先生!!」
部屋に入ったのと同時にビアリア様が立ち上がって声を上げていた。


ビアリア様は俺の方を向いて、大きな瞳をまん丸にした。



いつもと違う赤く染まった彼女の頬が、妙に俺の目に焼きついた。


朱の頬、黒の瞳







to A side →(漆黒の瞳に出会ったときから)




























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